約 2,287,669 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2992.html
教室につくと、すでにハルヒは自分の机に座っていた。 つまり三年でもハルヒとは同じクラスなのだ。さらに谷口も国木田も、阪中もいる。 おい、誰かこの必然の偶然を疑う奴はいないのか? 俺が机に座り、勉強道具を広げようとすると、ハルヒが歩いて俺に近付いてきた。 そう、驚くことにハルヒは俺の後ろにはいないのだ。いや本当は驚くことではないのだが。 両手を前に組んでハルヒは目を輝かせながら聞いてきた。 「キョン、どうよ!自信のほどは?」 どうやらご機嫌は良好のようだ。はて?今日は、俺が自信を持たなければ ならないようなイベントでもあったか?何だ?ツッコミ大会か? 「あんた…まさか忘れてるの? 今日はこの間あった模試の結果発表の日じゃない!」 なんと!俺としたことが。この情報を聞いて、俺の気分はさらにメランコリーだ。 …と見せかけて実は少し嬉しかったりする。 「いや、すまん。すっかり忘れてた。」 「はぁ~?あんたアレね。受験当日に受験票忘れて、 不合格になるタイプね。」 「頼むから、そんな縁起でもないこと言わないでくれよ。」 「ふん!それでどうなのよ!?」 「模試の日にも言ったろ。正直、自信ないな。 その証拠にさっきから俺は鬱々真っ盛りだ。」 これはうそだ。なんてったってこの間の模試は、自分でも驚くくらいスラスラ解けたからな。 C判定…いや、もしやB判定くらいいけるかもしれない。 「あんた…あたしがあれだけ分かりやすく、丁寧に対策立ててあげたのに… 自分だけじゃなくてあんたの面倒まで 見なきゃいけないのって正直な話…相当キツいのよ?」 ハルヒが半ばあきれたように言う。 ああ分かってるさ。ハルヒ。俺も悪いとは思ってるんだ。 だけど、そもそもお前と俺ではスペックに差がありすぎるんだ。 …といつもなら思ってる所だが、 今は俺の結果を見て驚くハルヒの顔が目に浮かぶ。 「そういうお前はどうなんだよ。」 「ふん!当然A判定よ!あんたとは頭の出来が違うの!」 やれやれ…そう思うなら俺を東大になんか誘わないでくれ。 「そいつは頼もしいな。お前の教え方は本当に分かりやすい。 これからも頼むぜ?」 これは俺の本音である。全く、無償でやってくれてるのが申し訳ないくらいだ。 まあその代わり最近は毎日のように、食堂で飯を奢らされてるのだが… そういうとハルヒは少し顔を赤くしながら 「あ、当たり前よ!あんたは一人じゃすぐさぼるんだから! とことん付き合ってやるわよ!」 と、より一層目を輝かせながら、いつもの調子でまくし立てた。 「いざとなったらあたしの力で、あんたを秀才のメガネくんに 改変してやるからね!覚悟しなさい!」 「いや、それは勘弁してくれ。俺は俺のままでいたい。 大体、お前はもうそんな力なんてないだろうが」 「冗談よ!ジョーダン!!」 そう、こいつは自分に力があること。いや、あったことか。 そのことをしっかり自覚しているのだ。 三年になって間もなく、ハルヒに今まで隠してきた事がバレてしまった。 案の定、こいつはまたいつぞやの閉鎖空間を作って、世界を丸ごと改変しようとしやがった。 俺はもちろん閉鎖空間に赴いて説得を試みたよ。 あの時のことは思い出すだけで頭をぶち抜きたくなる。 なんたって告白まがいのことを言ってのけたんだからな。 ああ、また思い出しちまった。誰か、俺に注射器をくれ。痛くない奴な。 しかし、そんなことをさせておきながらハルヒはいそいそと 改変しやがった。つまり、今はハルヒが改変したあとの世界なのだ。 どんな世界になってしまうのか震え上がった俺達だが、 実際に改変されたのはごく一部だけだった。 はい、じゃあここで改変の一つ目の内容。 それは長門を支配していた情報統合思念体を、消滅させてしまったことだ。 ハルヒにバラしてしまったことに対する処分として、長門を消そうとしたからな。 それが、ハルヒの逆鱗に触れたというわけだ。 つまり、今の長門は前のようなトンデモパワーを使えない、 ただの無口な女子高生になってしまったのである。 二つ目はハルヒ自身だ。こいつは、よりにもよって自分の世界改変の能力そのものを改変し、 自身を長門同様、普通の女子高生にしたのだ。まあ、俺の説得の賜物だろうな。 ハルヒ曰く「自分の思い通りにいく世界なんて気持ち悪いったらありゃしないわ!」 だそうだ。 これによって古泉も自動的に超能力の力を失い、普通の男子高校生になった。 朝比奈さんだけは未来的な力は取り上げられず、今は未来に帰ってしまっている。 まあ、改変したあとの世界に生きる俺達では、改変されたのが 本当にそれだけなのかは分からないがな…ずっと俺達を世界の外側から見てた お前ら読者には何が変わって、何が変わってないかは一目瞭然だろう… って誰に話してるんだ!俺は! というわけで、俺達SOS団は晴れて普通の人間達の集まりになったというわけである。 これが俺の後ろにハルヒがいない理由だ。 ふう、長くなったな。 ハルヒと色々話していると担任が入って来た。 これまた去年と同じ岡部だ 岡部もハルヒに選ばれた一人のようだ。よかったな、岡部よ。 岡部曰く、どうやら模試の結果は今日の帰りのHRにて返却されるようだ。無駄に生殺しだ。 それにしても最近、春日とよく目が合う。俺を意識してるようにも見える。 もしかして俺のことを…そうか、ならば俺はこの身をお前に捧げてやろう…… ってゲフン!ゲフン!何を考えてるんだ!俺は!俺にはハルヒが……って違う! あいつとは何もないんだ!あの時だって別に告白したわけじゃない! だって俺には一樹タンが………ってヴワアアアア! …いや、俺は決してあっちの趣味があるわけじゃないからな。 勉強のしすぎで参ってるだけなんだ。たまには壊れてもいいだろう。 そうやって俺が脳内で葛藤してる間も、春日は何度もこっちに目をやる。 その視線の意味も分からぬまま、今日も一日の授業が全て終った。 「何だ、こりゃ、何の冗談だよ」 今は、帰りのHRである。思わずひとり言をもらしてしまった。 偏差値50…当然東大はE判定である。それどころか、安全圏だと思ってた○○大学までもD判定だ。 あのな、自分で言うのもなんだが俺は三年になってからは、それこそ脳みそがバターに なるくらい、必死で勉強してきたつもりだ。それがどうだ。この結果は。 所詮俺の頭じゃ東大なんてちゃんちゃらおかしいっていうことか? ちっ、こんなことならもっと早く模試を受けておくべきだったぜ。 そうすりゃ、自分の限界に気付くのに、こんな時間をかけずにすんだのにな。 自虐的な考えが次から次へと溢れだしてくる。 ――あんたとは頭の出来が違うのよ!―― 朝のハルヒの言葉が先ほどとは違う形で頭の中に響いてきた。 先に走るように出ていったハルヒを追うように、おれも文芸部室にフラフラ歩み始めた。 俺が部室に入ると案の定ハルヒは、目を輝かせながら団長席に座っていた。 あと、長門もいるな。いつものように本に顔を落としている。 古泉はまだ来てないようだ 「キョン!早くあんたの結果を見せなさい!」 俺は一瞬顔をしかめて見せたが素直に、無言で用紙をハルヒに渡した。 そんな俺に、ハルヒも自分のそれを手渡してきた。ハルヒの結果はB判定… こいつは東大以外は志望してないから、これは東大の結果だ。 「A判定じゃないのはちょっと納得いかないけど…ま、 やっぱりあんたと私では頭の出来が違うってことね。」 ハルヒが、俺の用紙を見ながら言う。 その時からだろうな。俺の中で何かがフツフツと煮えたぎってきたのは。 まるで今までの自分の努力を全て否定された気分だ。 俺はハルヒを自分が出来る最大限に鋭い目で睨んだ。 「な、何よ、その目は…よし! これからは今まで以上にあんたに時間を費やしてあげる! まずは昨日作った、この問題を全部解くのよ!」 そういうと辞書一冊分くらいはあるような冊子をドン!と俺の前に突き出してきた。 何だこりゃ?反吐が出る。続けてハルヒは半ば焦ったようにどんどんまくし立てる。 「いい!?これさえやればあんたの偏差値も、うなぎ登りよ!」 黙れ… 「どうせあんたの偏差値なんかあんた同様に、 単純に出来ているに決まってるんだから!」 黙れと言っている… 「あ、そ、そうだ!有希!今日はもう帰って!?二人だけの方が勉強に集中出来るから! 古泉くんにも言っておいてね!?」 「黙れっっ!」 「キョ、キョン ?」 「うるさいんだよ!どうせ俺なんか東大に合格出来るはずないんだ! ああ、そうだよな!お前は教師でもなければ塾の先生でもないもんな! そんな普通の高校生のお前が!こんなバカな俺を東大に連れて行くことなんて出来るはずがないんだ! 何がうなぎ登りだ!バカにするのも大概にしろ!!」 そういうと俺はハルヒに重い冊子を投げ付けた。 何で俺がこんなに怒ってるかって?俺にもわからん しいて言うなら今までの勉強のストレスが一気に爆発したんだろうな。 と、こんなふうに冷静に自分を分析する俺は、今ここにはいない。 「え?あ、あたしはバカになんか…ただ… あんたと同じ大学に行きたかったから…」 ハルヒが冊子を受けてバランスを崩しながらボソボソと言う。 しかし俺はそんなこと意に介さず、 「俺はお前みたいに何でも一番になりたいと思ってるわけじゃない! 東大なんてどうでもいいんだよ!返せ!俺の時間を返せ!」 その言葉を聞いて、ハルヒは俯きかかった顔をがばっとあげる。 「なによ!あんたのためにやってあげたことじゃない! あたしがどれだけ必死になってあんたのために問題を作ったのか分かってるの!?」 それを聞いた瞬間俺の中で何かが爆発した。だから頼んじゃいねぇだろうが! ゆっくりとハルヒに近付いていく。 ハルヒの目がどんどん恐怖の感情に染められていくのが分かる。 「いや!来ないで!!!」 そうハルヒがいった瞬間俺はストレスを全てその拳に集中し ……………ハルヒに飛び掛かり…………そして殴った………… 「い!?たぁぁ…」 ハルヒは左に吹っ飛びながら呻いている。そんなハルヒに俺は第二撃目を浴びせようとしてる。 その時、俺の内出血した拳を誰かが掴んだ。……長門だ。 長門は黒い瞳でこちらを、ただじっと見つめている。 その目に吸い込まれるように俺の怒りの感情は消えていった。 「ありがとう、長門…」 そう言うと俺は部室を出て 、廊下を走っていた。途中古泉に声をかけられた気もしたがどうでもいい。 何故だ!?何故俺はハルヒを殴った!?勉強のストレスのせいで?ふざけるなよ! ハルヒはただ、俺のために手伝ってくれただけだったのに! 自分の勉強時間まで裂いて!あいつは、俺以上に大変だったはずなんだ! 最低だ!俺は………最低だ……… 拳がとてつもなく痛い。一体どれだけ強く殴りやがったんだ。俺は… いつの間にか俺は下駄箱まで来ていた。ふふ…今だったら 受験苦で自殺をする中高生の気持ちも、よく分かる。 誰か、俺からこの苦しみを解き放ってくれ… そんなことを願ってると後ろから声がした。 「ど、どうしたの?キョンくん?」 そこには、心配と驚きの表情を浮かべた春日が立っていた。 三章へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4430.html
第一話 「おはよう、涼宮さん。最近嫌な事件が続いてるのね」 あたしが朝教室に着くなり阪中さんが話しかけてきた。 「おはよ。なにそれ?どんな事件?」 そう返事すると少し驚いたような顔をして教えてくれた。 「知らないの?最近この辺りで女子高生が誘拐される事件が続いてるのね。犯人はまだ捕まってないし…怖いのね…」 えっ?そんな事件があったなんて全然知らなかったわ…これは気になるわね… 「涼宮さんも気をつけた方がいいのね。それじゃあまたなのね」 そう言い残し自分の席へと戻って行った。 それと入れ替わるようにキョンが教室に入ってきた。 「おう、ハルヒ。おはよう。…どうした?」 ボーッと考え事してたからだろうか、あたしの顔を覗きこむようにたずねてきた。 …って顔近いわよっ! 「キョン!大事件よ!」 さっき聞いたばかりの事件をキョンに話した。 「ああ、その事件なら俺も知ってる。昨日のニュースでもやってたしな。 嫌な話しだぜ…」 なんだ、知ってたんだ…それなら話は早い! 「いい?これは放っておけない大事件だわ!早速今日の放課後からSOS団で調査開始よ!」 あたしは椅子の上に立ち上がり、しかめっ面をしたキョンへと高らかに宣言した。 「おい、ハルヒ!バカな事言うな。警察でも探偵でもない俺達に何ができる?」 むっ…なに呆れた顔してんのよっ! 「もし事件に巻き込まれたらどうするんだ…危険な目にあうかもしれないし…俺は…嫌だぞ、ハルヒがいなくなったりするのは…」 とつぶやくのが聞こえた。 「え…それってどういう―」 「と、とにかく事件のことは警察にまかせておけよ。わかったな?」 「わ、わかったわよ…」 急に話を終わらせたキョンにしぶしぶと答えるとちょうど岡部が入ってきた。 「みんな、おはよう。ホームルーム始めるぞ。それとハンドボールはいいぞ!」 岡部の戯言が耳に入らないくらいあたしはドキドキしていた。 さっきの言葉、どういう意味だったのかな…もしかしたらキョンもあたしのこと…好き、なのかな? いつか…この大好きって気持ちをキョンに伝えたい。今週の不思議探索の時に…頑張ってみようかな… その日あたしは授業中もずっと一人でにやけていた。かなり危ない人みたいね…今日はすごくいい日だわ!記念日にしてもいいくらいに。 そんなことを考えているとあっという間に放課後になった。 「キョン!掃除なんてさっさと終わらせて部室に来なさいよ!遅れたら死刑なんだから!」 「はいはい、わかってますよ。団長様」 いつもみたいな会話をして、一人で部室に向かった。 そして勢いよく部室のドアを開いた。 ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 「あ、涼宮さん。こんにちわー」 あたしが部室に入るとメイド服姿のみくるちゃんがお茶の準備をしようと立ち上がる。 「ヤッホー、みくるちゃん。あれ、有希と古泉くんは?」 「えっと、二人ともクラスの用事で遅れるそうです。さっき部室に来て涼宮さんに伝えておいてくださいって言ってましたよ」 温度計とにらめっこしながらみくるちゃんが答えてくれる。 「そうなの。…ん?」 机の上に置いてあるものに気づく。編みかけの…マフラーかしら。 「みくるちゃん、マフラー編んでるの?あっ、もしかして好きな男の子に?」 冗談めかして言ってみる。 「え?あぁっー、そ、それは…その…」 んー、顔を真っ赤にしたみくるちゃんも可愛いわね! 「実はキョンくんにプレゼントしようと思って…この前新しいお茶の葉をくれたからそのお礼に。このお茶がそうなんですよ」 瞬間的に思考が凍りついた。 嬉しそうな顔したみくるちゃんがあたしの机にお茶を置く。 ちょっと待って…キョンが?みくるちゃんに?いつのまに…? 自分の中で黒い嫉妬が生まれるのがわかる。 「えへへ、マフラー渡す時にキョンくんにわたしの気持ちを伝えようかなって、ふふ、そう思ってるんです」 その言葉を聞いて、さらに黒い嫉妬は叫びをあげる。 「そん……対……許……わよ」 「はい?どうしたんですか?涼宮さん?」 聞き取れなかったのだろう、みくるちゃんが側に来る。 「そんなの絶対に許さないわよっ!なによ!こんなお茶いらないわ!」 机の上に置かれたお茶を思いっきり床へ叩きつけた。 ガシャーーンと陶器が割れる音が狭い部室に響きわたる。 「な、なにするんですか!せっかくいれたお茶なのに…」 泣きそうな顔でみくるちゃんが睨んでくる。 「SOS団は団内恋愛禁止なのよ?それを…あんたは!」 自分の感情を抑えきれなくなりみくるちゃんに掴みかかる。 「しかも…キョンだなんて…絶対に認めないわ!キョンはあたしのものよ?あんたなんかよりあたしの方がずっとキョンにぴったりだわ!諦めなさい!これは団長命令よ!?」 「わ、わたしだってキョンくんのこと大好きなんです!諦めたくありません!それに…わたしの気持ちなんだから涼宮さんには関係ないじゃないですか!」 思ったより強い力で突き飛ばされあたしは尻餅をついた。 なによ…みくるちゃんのくせに! 目の前が怒りで真っ赤にそまる。 そして気がつくとあたしはみくるちゃんを思いっきり突き飛ばしていた。 「あっ…」 みくるちゃんが後ろに倒れると椅子に強く頭をぶつけ、ガンッと鈍い音がした。 しばらく苦しそうにうめいていたがやがて動かなくなる。 ハッと一気に現実に戻った私は目の前の光景を見つめた… 「み、みくるちゃん?…嘘でしょ…?目を…開けてよ…」 震える手でみくるちゃんをゆさぶる… でも…ぴくりとも動かない。 「そ…そんな…い、嫌…嫌あああああああああああああああああああああああ!」 叫び声が響き渡る。 どうして…どうしてこんな事に…どうすればいいの… その時、ノックの音がして、部室のドアが開いた。 -------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 「うー、寒い寒い。っ!おい!ハルヒ…なにやって…」 部室に入ってきたキョンが目を見開いてあたしをみつめる。 最悪…よりによってキョンが入ってくるなんて… 「なんで朝比奈さんが倒れてるんだ?なにがあったんだよ!なあ!ハルヒィ!」 大声で問い詰められて身体の震えがいっそう激しくなった。 どうしよう…このままじゃキョンに嫌われちゃう。嫌だ、嫌だ!そんなの嫌だ! 「脈がない…死んでる、のか…」 キョンがみくるちゃんの脈を確かめながらつぶやく。 「あ、あたしは悪くない…みくるちゃんがキョンの事好きだって言うから…つい…カッとなって…」 「…お前がやったのか?どんな理由があるにしろお前が朝比奈さんを殺したことには変わりないんだぞ!」 すごい顔をしながら睨んできた。 「だってだって…嫌だったもん!キョンがとられちゃうの嫌だったもん!」 必死になって言い訳を並べる…きっとあたしは泣きそうな顔してるんだろうな… もうおしまいね…二度と今までの日常には戻れないだろう。 しばらく沈黙の時間が続く。やがて、 「…ハルヒ、聞いてくれ。俺がにいい考えがある…だから安心しろ」 さっきとはうってかわって ものすごく優しい声でキョンが言った。 最初キョンの言っている事がよく理解できなかった。てっきり怒鳴られてすぐ警察につきだされると思ってたのに… 「それって…あたしを助けてくれるって、意味…?」 「そうだ…こんな時だけど…俺はハルヒが好きなんだ!だから…離れたくない!」 「あたしも…嫌。大好きなキョンと離れたくない…ずっと、ずっと一緒にいたい!」 我慢しきれず涙がこぼれる。 「絶対俺がなんとかするから。頑張って二人で乗り越えよう。な?」 そう言って優しく抱きしめてくれた。 「うん…うん。二人で…頑張る!」 あたたかいキョンの腕の中で、あたしは泣いた。 こんな状況だけどすごく幸せで嬉しかった。 だってそうでしょう?ずっと好きだった人と両想いだったことがわかったんだから。 でも、この時あたしは気付いていなかった。自分の犯した罪の重さを、そして、どんな結末が待っているのかを… --------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 「とりあえず…もうすぐ長門と古泉が来るから急いで死体を隠さないとな」 キョンは辺りをみまわしながらいろんな所を探ってる。 「よし、掃除道具入に隠しておこう。後でもっとわかりにくい場所に移動させれば大丈夫だ」 キョンがみくるちゃんの死体、かばん、制服などを掃除道具入につめこみ、床にちらばった茶碗の破片を片付けた。 「これでよし…っと。ハルヒ、二人が来てもいつも通りふるまうんだぞ?」 「うん…わかった。」 私は団長机へ、キョンはいつもの場所へと座る。すると、 「いやあ、遅れてすみません。」 「……………」 相変わらず笑顔の古泉君と無言の有希が部室に入ってきた。 「おう。遅かったな。今日はどのゲームにする?」 「おや、あなたから誘ってくるなんて珍しい。そうですね、今日は―」 キョンの向かい側の椅子に座る古泉君。有希は窓辺に座って読書を始める。 私はネットサーフィンでもしようとパソコンの画面に集中する。けど、どうしても視線は掃除道具入へといってしまう。 「涼宮さん?さきほどから落ち着かない様子ですが、どうかされました?」 キョンとチェスを始めた古泉くんが聞いてくる。 「ああ、こいつ朝から体調が悪いみたいなんだ」 「そう、そうなのよ!でも平気だから気にしないで」 キョンのフォローで助かった。 「そうでしたか。ところで朝比奈さんの姿が見当たらないようですが、どこへ行かれたのでしょう。先程部室に顔を出した時にはいらっしゃったのですが」 いきなりみくるちゃんの話題が出て思わず息をのむ… 「あ…えっと…」 「朝比奈さんならお前らが来る前に用事を思い出したとかで先に帰っていったぞ」 またもキョンがフォローしてくれる。 でも、少しずつ身体が震えてきた… 「なるほど。…涼宮さん?本当に大丈夫なんですか?震えていますが…風邪ですか?無理なさらないほうが…」 心配そうな顔をした古泉くんが話しかけてくる。 「うん。そうね…今日はもう帰るわ。このまま解散にしましょ」 「おう。わかった」 「かしこまりました」 「……………了解」 それぞれに答えみんなが帰り支度を始めた時、 ガタッ…! 掃除道具入から音がした。 っ…!なんで…!こんな時に! みんなの視線がいっせいに掃除道具入へとむけられる。 気になったのか有希が立ち上がり掃除道具入の扉に手をかける。 どうしよう!まずい、まずいまずいまずい… もう、ダメだ…諦めて目をつぶった時、 「長門、中のホウキが倒れただけだろ。気にするな」 有希を止める声が聞こえた。 「………………そう」 有希はほんの少し怪訝そうな表情を浮かべたが、やがて扉から手を離した。 それを見てあたしは気づかれないように息を吐き、そのまま椅子にもたれかかった。 本当に危なかった…キョンが止めてくれなかったら今頃… 「それじゃあお先に失礼いたします」 「………お大事に」 二人が先に出て行くと部室には私とキョンだけが残った。 「ふー、なんとか誤魔化せたな。大丈夫か?ハルヒ」 「う、うん…大丈夫…ありがと」 キョンは掃除道具入を開けて中を覗きこんだ。 「死体を運べるくらい大きなバッグを探してこなきゃな。ちょっと待っててくれるか?」 そう言うとキョンは部室を出ていこうとした。 「キョン!なるべく…早く戻ってきてね」 「ああ。わかってるよ。すぐ戻るからおとなしく待ってろよ」 キョンを見送って一人になると今さらながら自分のしでかした事に頭を抱える。 これから一体どうなるんだろう… 誰にも見つからないでうまく隠せるのだろうか… 私は椅子に座ったまま目を閉じた。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/766.html
朝教室に入ると、ただでさえやかましいクラスのざわめきが 心なしか一回り大きくなったような気がした。 キョン「おっす谷口。クラスが騒がしいようだけどなんかあったのか?」 谷口「!」 「・・・・・・」 こともあろうに谷口は、オレの目をみるなり不快な表情をあらわにして 男子グループの輪に逃げていった。 (なんだなんだ!?無理して愛想をふりまけとはいわんが、朝のあいさつをしてきた クラスメイトに対してその態度はないだろ。オレが癇に障ることでもしたのか?) その男子グループは、オレをチラ見してはクスクス笑っている。 一体なんだってんだ!? 動揺をなんとか抑えつつ、オレは席に座った。 キョン「おいハルヒ、今日のクラスなんか変だな」 ハルヒ「・・・・・」 キョン「おいハルヒ?聞こえてんのか?」 ハルヒ「・・・るさい」 キョン「え・・?」 ハルヒ「うるさいっつってんのよ!変なのはアンタの頭でしょ!気安く話しかけないでよ」 キョン「!!」 その瞬間、先生が教室に入ってきてホームルームが始まった。 谷口のほうを見ると、オレがハルヒに怒鳴られたことが愉快でたまらないといった風に 笑いをこらえていた。 ホームルームの間、オレは動揺するのを必死に抑えていた。なぜだ? こともあろうにハルヒまでがこの態度とは・・・ 午前中クラスの冷たい視線に耐え続け、昼休みになるとオレは逃げるように SOS団部室へと走っていった。部室ではいつものように長門が本を読んでいた。 キョン「長門、ちょっと話を聞いてくれないか」 オレは長門に会って多少安心した。今朝クラスメートの様子がヘンだったのは、 なにかおかしなことが起きてるに違いないと思ったからだ。新手の閉鎖空間か、 はたまた情報ナントカのしわざかはわからんが。 長門ならこの奇妙なパラレルワールドをなんとかしてくれるに違いない。 今までだって、ずっとそうだった。 長門「出てって」 キョン「ど、どういうことだ長門。お前ならこのワケのわからない状況をなんとか 元に戻してくれると思って・・・」 長門「なにを言っているのか意味がわからないけど、すぐに出ていかないと人を呼ぶわよ」 キョン「長門・・・」 ハルヒ「有希になにしてんのよ!この変態男!」 突然後ろから怒鳴り声が襲ってきた。ハルヒだ。 ハルヒ「アンタ2年の朝比奈先輩だけじゃ飽き足らず、今度はウチの部の 有希にまでつきまとうっていうの!ただじゃおかないわよ!」 キョン「ちょっと待ってくれ!全然訳がわからん。オレが朝比奈さんにつきまとってるだって? オレたち同じSOS団のメンバーだろ?放課後部室で遊んだり、たまに一緒に下校したりは してたけど・・」 ハルヒ「はぁ!?なにワケのわかんないこと言ってんの?なんなのよそのナントカ団てのは! 大体学園のアイドル朝比奈先輩がアンタみたいなのと一緒に帰ったりするはずないでしょ! このストーカー男!」 これ以上部室にいればハルヒに刺し殺されかねない剣幕だったので、 オレは退散することにした。 教室に戻ると、クラスメイトがいっせいにオレのほうを向き、すぐに目をそらした。 谷口「な、言ったとおりだろ?アイツ5組の長門にもつきまとってるんだってさ」 朝倉「やだ。怖い」 国木田「なにを考えてるんだろうね」 谷口たちの悪口が聞こえてくる。どうやらオレは朝比奈さんと長門につきまとう ストーカー野郎ということらしい。まったく考えられない話だ。 ここは閉鎖空間に違いない。ハルヒのせいなのか?オレをこんな ムナクソ悪い設定の中へ放り込んだのは。 はは、なんだか涙がにじんできた。さっきから手足の震えも止まらない。 いじめを受けるってのはまさにこんな感じなんだろうな。3日も続けば確実に 精神が崩壊する自信があるぞ。 休み時間が終わるまで机に突っ伏していたら、終了間際にハルヒが戻ってきた。 オレはハルヒがイスを引く音にビクっとした。 ハルヒ「ちょっとアンタ!」 ハルヒの怒声でさらにビクっとする。まるで肉食獣を前にした小動物の心境だ。 ハルヒ「アンタがなにを考えてるのか知らないけど、今度有希に近づいたら ただじゃおかないからね!文芸部部室にも一切近づかないでよ!」 どうやらこの世界のハルヒは文芸部に所属しているらしい。まったく似合わんが。 SF研とかオカルト研のほうがまだハルヒらしいのにな。 休み時間が終わり午後の授業が開始されたが、軽いパニック状態に陥っていたオレは まったく授業が耳に入ってこなかった。クラスの連中はときどきオレの方を向いては 笑いをこらえている。なにがそんなにおかしいんだろうな。 午後の授業が終わり、ホームルームをなんとかやり過ごし、 オレは逃げるように教室を出た。 まだパニックはおさまっていないみたいだ。朝比奈に襲われたときも、 ハルヒと閉鎖空間に閉じ込められたときだってこんなに動揺はしなかったはずだ。 あときのほうがはるかに現実離れていたのにな。おかしな話だ。 キョン「これからどうすっかな・・・」 ひとけのない校舎裏に避難したオレは、誰に言うわけでもなくつぶやいた。 ここが新たな閉鎖空間だとしても、そろそろ古泉あたりが助けにきてよさそうなもんだ。 キョン「古泉~~~!!とっとと来い!!このムナクソ悪い空間を破壊してくれ!!」 思わずオレは叫んでいた。もう1分だってこんなトコにはいたくはない。 しかしオレの声を聞きつけたのか、誰かがこっちへ向かって歩いてくる。 古泉「なんだ?お前。オレになんか用か?」 やってきたのは古泉だった。しかし、いつもの古泉とは雰囲気がまったく違う。 片耳にこれでもかというほどピアスをつけ、ヨレたYシャツをだらしなく着ている DQNが目の前にいた。片手には木刀を握っている。 オレの知っている古泉はこんなDQNではない。間違いなく本物ではないようだ。 古泉「お前ウワサのストーカー野郎じゃねーかよ。 なんでオレの名前叫んでたんだオイ!」 ヤツの普段のさわやかフェイスは気に入らないが、こっちのDQNフェイスはそれ以上だな・・・ などと考えているうちに、古泉がオレの胸ぐらをつかんできた。 古泉「お前涼宮にちょっかいかけてるらしいな・・・ あんまナメたことしてっと前歯叩き折るぞコラァ」 なんてこった。DQN古泉はハルヒに気があるらしい。どーぞお幸せに。 誰も止めはしないぞ。付き合いたいなら勝手にしてくれ。 しかし古泉の威圧感はオレの反論を許さない。というか、はじめてDQNに絡まれたオレは ほとんど声が出ないぐらいビビっているんだ。 ドゴッ 不意に古泉から腹にヒザ蹴りを食らい、オレは前のめりに倒れた。 キョン「かはっ・・・」 古泉「チョーシ乗ってンじゃねえぞクラァッ!」 怒号とともに古泉はオレのわき腹にケリを入れる。 キョン「うぐ・・・ご・・」 ヤツのつま先はちょっとした鈍器と化し、オレのわき腹に容赦なく食い込んでくる。 オレはサッカーボールじゃねえぞ。 古泉「金輪際涼宮に近づくんじゃねーぞ!」 言いながらなおケリを入れ続けられ、不覚にもオレは気を失ってしまっていた。 2話
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5660.html
第四章 α‐7 坂を下りながら、ハルヒと朝比奈さんを先頭に、そのすぐ後ろに本を読みながら歩いている長門、さらに離れて歩く俺とその横には、ニコニコ顔の古泉の五人がいるいつもの下校時間だ。新入部員が入った日には、部室からぞろぞろと引き連れて下校するのだろう。カバン持ちなんぞさせるなよ。 もっとも、いかなる理由であれ、校内に名を轟かせているこのSOS団に新入生が入部するなんてことあるのか?ましてあんな追い返し方をして。そんなことにもめげずにやってくる新入生に対して、明日は筆記入団試験をやるつもりなんだろう。 「そういえば古泉、気になる新入生はいたか?」 「おや、そんな言い方は何かご存知なのでしょうね。さすがあなたと言えます」 古泉が気になった新入生の容姿を言うと、俺と同じ意見であった。 「他の人と比べて熱心に涼宮さんの弁論を聞いていましたしね」 「なかなか変わった子だったな。ハルヒの話をまともに聞くやつなんぞ。それより・・・」 次に俺が話すことは、なんともあやふやなことなのだが、 「どこかで見た気がするんだよ。でもなぜか誰か思い出せない。というより分からないといった感じだ」 「僕は見覚えがありませんね。あなたは我々の気づかないうちに女性との接点を設けているようですし」 「そんなものは無い。はっきり言っておく」 全く誰に毒されているんだろう。そろそろ国木田を釘刺しておかないと。俺は社交的ではない。かといって近づいてきた人には老若男女問わず接しているだけの性格だ。 「それよりなあ、椅子の数一つ足りなかっただろ。数え間違えるなんてどうかしてるよな」 「やはりそうでしたか。僕も実はあの時の人数を数えましたが、最初数えたときは十一人でした」 二年にもなって、引き続き特進クラスにいる古泉が言うならやはり間違えでは無かったのか。 「何か不可解なことが起きていなければよいのですが・・・念には念を入れて、機関のほうでもう一度新入生の身辺調査をするようにしてみます。何も無いならないで一番よいのですが。先日望まずして出会った方たちにも十分警戒したほうがよろしいですね」 あいつらが攻撃を仕掛けてくるなら来いってもんだ。あの天蓋なんたらという九曜が襲ってきて、誰かを攻撃しようとする日には、今度こそが黙っているわけにはいかない。吹雪の中、館に綴じこめられた件で俺たちは一度解決しているんだ。それに古泉の機関と対立している橘ってやつもだ。今度襲ってきたならば、朝比奈みちる誘拐事件で味わった森さんの威嚇攻撃をもう一度喰らわしてやる。 そうこう話しているうちに、前を歩く長門が本を閉じて振り向き、近づいてきた。 「私がさせない」 これ以上頼りになる言葉がこの世に存在するのだろうか。 「気になることがある。あなたたちが椅子を取りに行く間、あの空間において有機生命体の増加を確認した。しかしその固体認識は解析されなかった。現在も解析を続けているが未だ不確定。なんらかの情報因子が入り込み解析を困難な状態にしている」 長門よ、相変わらず言うことが難しいぞ。すると古泉は、 「僕たちが話した内容と同じと捉えてよろしいですね。その情報因子ってのは何なのでしょうか?」 長門は10秒ほど考え込む素振りを見せ、 「現在解析できないため不明瞭。ただ私が持つ既存の情報をもとにすると、我々情報統合思念体には存在しない力が作用していると推測できる」 「それは、すなわち、九曜という宇宙人の可能性が高いですね。分かりました、機関の方でもできる限り警戒態勢を敷く必要があります。涼宮さんやあなただけではありません。長門さんや朝比奈さんにもできる限り機関が警備するようにしてみます」 古泉、いつのまにかそんな発言をするようになったんだな。 「私は不要。私は地球上に滞在している他のインターフェースとの情報強化を共にし、可能な限りあなたたちを観察する。それより他の三名に警備を回した方が良い、もちろん古泉一樹、あなたも含まれている」 長門の言葉には今までに無い意思が見えた。古泉が了解しましたと、いつもの5倍増しでニヤケているではないか。 「それと、もう気になることがある」 なんだ長門、かまわず言ってくれ。 「あなたの行動と発言に齟齬を感じた」 何を言っているんだ? 「あなたは一昨夜電話をかけてきた。内容は九曜周防と呼称される個体とその周囲の人物と接しに行くことと、その危険性について私に意見を求めてきた。しかし私が観測している限り、あなたの指定していた昨日にそのような事象は見られなかった。しかも再び、今日の昼休み中にあなたは九曜周防と呼称される個体の危険性についての意見を求めに来た。初めの説明では不足と判断し、より詳細に説明した。あなたの行動と発言に齟齬を感じた」 は?俺はその日長門に電話してないよな。九曜の周りってのは佐々木を含めたやつらのことか?昨日俺は家でゆっくりと休日を満喫していただけだし。聞いたのは今日の昼休みだけだ。 考えても仕方が無い、古泉も指を額にそえて何か悩ませている。聞きなおすしかない、そう長門に目を向けると、こちらもいつもとは違う表情をしている。長門のそのような顔はできれば見たくなかったな。しかも俺がそうさせているみたいだ。そこへ前を進んでいたハルヒが、 「ちょっと、キョン。何してるの!?有希になにかしようとしているんじゃないでしょうね」 とあたりを見ると、いつもの解散場所へ辿り着いていた様だ。 「あんたにも入団試験受けさせる必要がありそうね」 「おいおい、待てよ。俺はいつの間にか退団させられてるのか?」 「有希にそんな顔をさせて、あんたまたやましいことでもしようとしてるんじゃないの?我がSOS団にそんないやらしいやつはいらないわ。SOS団にふさわしいかどうか、今一度吟味したほうがいいわね」 確かに長門を困らせてるのは俺だが。それを聞いて朝比奈さんはあたふたしている。お前のせいで朝比奈さんも困ってるじゃねーか。古泉、こんな時にその笑顔はよせ。 「それじゃ、解散!また明日!」 毎度ハルヒの号令の後、朝比奈さんは、 「キョンくん、さようなら。また明日ね」 ええ朝比奈さん、言わずともまた会いましょう。いや会ってくれますよね? 皆それぞれ帰路に足を向けた。 俺は本当に入団試験を受けなきゃいけないのか。やれやれ。 しかしなんだ、長門の最後の意味不明な言葉は。身に覚えが無さすぎるぞ。 β‐7 自分の身体能力の無さを嘆きたい。我先と長門の住むマンションへ走るSOS団長涼宮ハルヒのあとを、俺と古泉は従っていくことしかできないのか。ハルヒ、ちょっとは後ろのやつらにも気を使ってくれ。朝比奈さんは何を話しかけてもヒィヒィ、としか言ってないぞ。などと、こんな時にハルヒに向かって言うことはできん。現状が現状だ。普段は窓辺で本を読み続けるSOS団随一の頭脳、運動能力を誇る文学少女の心配を、気にかけるななどというやつがいるのなら出てきやがれ。そんなやつはプロレスラーであっても力士であっても、一般人である俺がブン殴ってやる。異種格闘技戦には高校に入学してから慣れているんだ。 SOS団員の身が危ない、そんな事態にはやはり団長であるハルヒが頼りになる。 「ちょっと、キョン!もっと早く走れないの?お見舞いの品なんて後で良いから、まず有希のもとに言ってあげないと!」 分かっているさ。俺だって全速力で走っているさ。 「さすがは涼宮さん、速いですね。ほら、皆さん、長門さんのマンションはもうすぐですよ」 息を継ぎながらして、まあまあのフォローだ、古泉。 麗しき朝比奈さんのせいになぞしやがったら、まずお前を殴ってやるところだった。すると、今度は小声で話しかけてきた。 「長門さんの容態も気になりますが、できるだけ単独では行動しないほうが良いかと。この隙を狙って、周防九曜や橘京子たちが攻撃を仕掛けてきてもおかしくないはずですよ。まして向こうに未来人がいて、涼宮さんとともに時間移動などしてしまうなど、もっとも危険です。向こうが一番ほしがっているのは涼宮さんなのですから。そして彼女に我々の事情を教えるべきではありません、少なくとも今は。さあ、あなたは先に行って追いついてください。」 何で俺がハルヒで、お前は朝比奈さんと行動しなくちゃいけないんだ。交代する手立てはないのか?ちくしょう、こうなりゃ自棄だ。我が体に回転ムチを加えながら走ってやる。安心して待ってろよ、長門。お前の団長様が先頭を走って見舞いに向かっているんだ。 ハルヒに追いつくがまたすぐ突き放されてしまう。そんなことを繰り返しているうちに、やっと長門のマンション辿り着くことができた。俺がぜいぜい言いながらインターホンを押すと、眉毛を八の字にしてハルヒは、 「なんであんたが有希の部屋番号を知っているのよ!」 おいおい、なんでって、去年のクリスマスイヴに皆で来ただろ。こんなやりとり、何回やれば気が済むんだ。そうこうしてる間オートロックが開いた。ハルヒは俺もの腕を掴み、また走ってエレベーターに乗り込み、708号室の前へとやってきた。インターホンを一度押すと、 「きっと無事よね。早く開いてくれないかしら」 熱ならともかく、あの天蓋なんたらという九曜にまた何かやられているのだろうから、すぐに玄関まで来てドアを開ける余裕なぞないだろう。少し前は電話することもできたんだ。物騒なところに閉じ込められているとは思えないな。などと思っていると、割とすぐドアが開き、最近良く見かける人物に出会った。この方ではなく、橘や九曜、まして藤原がドアの向こうにいたら、絶体絶命もいいところだ。 「あら、見舞いに来てくださったんですね。どうぞ、私の家ではないですが、お入りください」 つい昨日、喫茶店で会った喜緑江美里である。この人は無事だったんだな。 「長門さんは文芸部の部長ですし、何かとご縁がありましたから、連絡先を交換していたのです。同じマンションに住んでいるのを知ったときは驚きましたわ。体調が悪いと連絡がありまして。お互い一人暮らしをしていますから、こういうときは不安になりますでしょうしね」 喜緑さんはそう話しながら、長門の寝ている部屋へ案内してくれた。襖を開けると、雪山山荘事件で突然倒れだした時のように、長門は眠っていた。 「ちょうどお休みになられているようです。先程まで起きていましたよ」 周りには濡れタオルやら、水の入った桶やらの用具が置いてあった。今の長門にはそんなものは効果など無いだろう。俺たちが来ることを知って、準備したのだろうか。 いつから長門が熱を出したとか、ご飯を食べることはできたのかなど、三人で話していると、呼び鈴が鳴った。喜緑さんがインターホンを取り、どうぞお入りくださいとだけ伝え、玄関のドアが開く音がした。 「おやおや、これはお世話になっております。看病して下さる人がいてよかったです」 いつもの笑顔を少し取り戻している古泉と、 「長門さん、大丈夫ですか?元気出してくださーい」 反対に今にも泣き出しそうな朝比奈さんが、長門の寝ている部屋へ入ってきた。喜緑さんから話の続きを聞いた後、ハルヒと朝比奈さんはそのまま長門のことを診て、俺と古泉は買出しに行くことになった。近くのコンビに行く途中、古泉は、 「喜緑さんがいてくれてよかったです。彼女と長門さんと派閥は違えど、協力関係にあるようですね。依然として長門さんが倒れているとはいえ、我々だけでなくもう一人TFEI端末である彼女が味方になってくれそうですし、ひとまず安心といえるでしょう。長門さんのことは彼女にお願いするとして、私たちは無事を祈るほかないですね。早く用事を済ませて戻りましょう。こうしている間に誰か襲ってくるかもしれないですよ。」 こんな時にも、こいつは用心しているんだな。まあ古泉の言うことも一理あるだろう。コンビニに着き、オデコに張るシートや栄養ドリンク、食料品などを買って、再び長門のマンションへ走り出した。 「遅い、罰金!」 「それはないだろ。」 その後、女性陣は台所で玉子酒をつくったり、何度もタオルを取り替えながらオデコのシートの上に置いたりなど、看病を続けていた。残る男性陣はというと、ただただその様子を寝ている長門の隣で見ているだけだった。目覚めることの無い長門を見ると、ハルヒは 「あまり長居しても有希に悪いし、私たちは帰りましょ。それと起きたら、ちゃんと治るまで学校に来ちゃダメと伝えてください。有希の事、よろしくお願いします」 いつもより丁寧な口調で話すハルヒに、喜緑さんは、 「はい。かしこまりました」 やはり丁寧口調においては、こちらに軍配が上がるな。その後お互い知っていたほうがいいでしょというハルヒの提案で、俺たちと喜緑さんは連絡先を交換する事にした。 四人はマンションを出ると、ハルヒは、 「早く元気になってほしいわ。有希ったら、あんな生活してて大丈夫なのかしら。冷蔵庫の中を見たけど、何も入ってないじゃない」 おいおい、勝手に冷蔵庫をあさったのか。 「明日もまたここに来ましょ。入団試験は中止よ。多分あんな様子じゃ早く治るとは思えないんだから」 「そうだな」 俺が答えると、古泉も朝比奈さんもうなずいていた。 「しかもなんであたしより先にあの人に連絡したのかしら。いくら同じマンションとはいえ、私にも連絡の一つや二つほしかったわ」 ハルヒはいつもの元気を忘れかけてそうつぶやいた。そりゃそうだ。長門にとっては俺たちに心配かけさせたくなかったからなのか。そんなことではない。俺たちが気づけなかった事のだけだ、ちくしょう。長門の異変に最も早く察知して喜緑さんはかけつけてくれたに違いない。 今日は解散ね、の合図を付け加えて、四人はそれぞれの帰路へ足を向けた。それよりハルヒ、お前はその通り長門の無事を祈っててくれ。そうすることがお前のできる何よりの事なんだから。 解散際に、古泉は非常事態発生時にするいつものウィンクをしてきた。ええい、気持ちが悪い。ここに再集合なんて分かっているさ、ね、朝比奈さんも。 →[[「涼宮ハルヒのビックリ」第四章α‐8 β‐8]]へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2743.html
涼宮ハルヒの糖影 起 涼宮ハルヒの糖影 承 涼宮ハルヒの糖影 転 涼宮ハルヒの糖影 結
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1386.html
ハルヒVS朝倉 激突 1話 ハルヒVS朝倉 激突 2話
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3009.html
五章 俺は今日も早朝のハイキングコースをいつものように歩いている。ただいつもと違う事が二つ。 一つ目は今日が終業式ということ。だがこれは大した問題ではない。それよりも二つ目のことだ。 俺の体が絶え間なく『奴』を要求してくること。途中誘惑に負けて何度もカバンの中に手を伸しそうになった。 そう、今俺の鞄には注射器が眠っているのだ。っといっても、もちろんまたそれに手を汚すことはしない。 にしても、もううんざりだ。静まれ俺の体。あいつに会いたい。あの笑顔を…… 「キョン!!朗報よ!!」 教室につくと何故か俺の席に座っていた ハルヒは、俺の望みと寸分違わぬ100WATの笑顔で俺に、唾を吐き出しながらそう叫んできた。 こいつの言う朗報とやらが、俺にとって良い方向に作用することは、とても稀なケースなのだが… 今回はその稀なケースに事が進んで行くようだ。 それが朗報の内容を聞かなくても、無条件で確信出来る。 ああ…この笑顔のお陰で俺の中にいる『奴』の存在を忘れられる。 アンダーグラウンドから、いつもの日常に戻って来たような安心感だ。 「何惚けた顔してんのよ!」 おっと、安心が顔にも出てたようだな。 「…で何だ?朗報というのは?」 いつもの口調を演出し、答える。 「みくるちゃんよ!みくるちゃんが帰って来たの! 昨日みくるちゃんから電話があってね!もうこっちの時代に来てるらしいわよ!」 何てこった!こりゃ本当に朗報だ!まさかこいつからこんな良い報せが届くとは… 思わず顔がニヤけてしまう。だけど一つ気になるな。 「だがハルヒ、何でまた朝比奈さんが帰って来る事になったんだ? また力が戻りました、だなんてオチは、夢オチだけにしてくれよ?」 そう思いたい。これ以上懸案事項を増やされたらマジでどうにかなっちまう。 だけど朝比奈さんが戻って来る理由なんて、これくらいしか考えられない。 「何よ、表情と言ってる事が一致しない奴ね!ホントは嬉しいくせに!」 ああ嬉しいね、この上なくだ。 「少しの期間だけよ!何かね?みくるちゃんがホームシック…… いや、ホントは向こうが地元だからこんな言い方も変かもしれないけど、 そんなのになっちゃったらしいのよ。何でもシロクジ中、あのテレパシーみたいな力で 『ふぇ~~~ん、皆に会わせてくださぁ~い』って上の連中に頼み込んでたんだって!」 それで上の連中がついに折れたって所か。 まあ、あんな天使のような朝比奈ボイスでも夜な夜な聞かされちゃ精神も参るか。 「ま、あたしの能力が消えて、少しは未来人達も少しは融通が利く用になったんじゃない? それともあたしが世界改変した時に、『みくるちゃんが意味もなく時間遡行しても 問題のない世界になりますように!』みたいな感じでチョロっと改変しちゃったのかもね?無意識的に!」 古泉みたいなことを言いやがった。ま、確信犯ではないようだ。 「とにかく!!今日の放課後は久々に全員集合よ!」 そう言うとハルヒは自分の席に戻って行った。放課後か…あの人の出してくれるお茶を、また飲める日がやってくるとは。 そんな楽しみにしてる反面 彼女に――他の奴等もそうだが――『奴』に冒されている自分を晒す事に、罪悪感を覚える俺もいた。 でも俺は嘘をついて会うんだろうな。嘘で固めて、その嘘が真実になるまで。 そうだ、今日はあいつにも用があるんだ。 終業式も滞りなく終わり、放課後、俺は屋上で春日を待っている。………来たようだ。 「どうしたの?突然呼び出して。」 本当に不思議そうな顔をしやがる。 「ほらよ」 そう言って俺は注射器と袋に入った粉を春日に渡した。 「ないと思ったらキョンくんが持ってたんだ。」 「お前が俺の鞄に入れたんだろうが…」 怒りを押し殺した声で俺は言う。ここで怒りに任せるのは少し気が引ける、 春日のお陰でハルヒとの関係を元に戻すことが出来たことは確かだ。 「あたしはこんなのやってないし、必要ないからいらないんだけど…ありがとね。」 俺の問いには答えず春日は述べた。 「ああ、捨てるなり何なりしてくれ。もう俺に関わるな。 何でお前がこんなもんを持ってたのかは聞かないし警察にも言わない。」 吐き出す用にそう言うと、春日はクスッと笑った。 その顔が一瞬邪悪に染まったように見えたのは、気のせいだろうか。 「そうだよね。通報したらキョンくんまで捕まっちゃうもんね。 涼宮さんにプロポーズまでしたゃったんでしょ?その関係を崩したくないもんね? 例えそれが、この注射器によって作られた関係だとしても。」 …………!!!俺の中で怒りがたぎる…しかし、それを望んだのは俺自身だ。 俺の何処に向けたらいいか分からない怒りは、 「困ったことがあったら、また力になるよ」と、のたまった春日が去った後の、 屋上の床に意味もなく拳と共に打ち付けられた。 そして何よりもあの注射器を名残惜しく思ってしまった自分にたいして腹がたった。 俺は、本当にあいつらと嘘をついてまで今まで通り過ごしていいのか?その資格がお前にあるのか? 憂鬱とはまた違う気分で部室の扉の前につく。 おや、ハルヒが不敵な笑みで仁王立ちしているな。 「遅い!ふっふ~ん。キョン!この扉の向こうにはだ~れがいると思う?」 こいつが今まで出して来たハルヒクイズの中では、底抜けに簡単だな。 「朝比奈さんと長門と古泉だろ?」 「ぶっぶ~!はずれ!さあ!早くはいるわよ!」 そう言ったハルヒが扉を開けた。少しは躊躇もさせてくれよ。 何はともあれ、俺はハルヒのお陰で迷う事なく扉をくぐることが出来た。 しかしその先で待っていたものは、 「ひゃ~~いぃ、キョンく~ん」 という幸せスペルではなかった。 「おおー!やっと来た!キョンくん、ひっさしぶりだねぇ!元気だったっかなぁ!?」 一瞬、朝比奈さんが未来で洗脳でもされて性格を変えられたのかと、 思ってしまった。いや、紛れも無い、鶴屋さんである。 「あっれ~?何か肩透かしな顔してるよ?お姉さん悲しいにょろ~」 鶴屋さんがニッと笑いながら横にずれると、そこには 「キョ…キョンくん…グスン!お久し振りでしゅ……」 涙をこれでもかと溜めながらも笑みを作り、誰かを抱き締めている朝比奈さんがいた。何一つ変らないメイド姿。 いや、体型が朝比奈さん(大)に近付きかけている。さしずめ、朝比奈さん(中)といったところか。 見ただけで俺の中の毒素を全部取り除いてくれるようなその笑顔は、ハルヒにも負けず劣らずだ。 いかん、俺まで涙が出て来た。 「な~に泣いてるのよ?キョン! あたしからみくるちゃんに乗り換えてみる?」 そう、いじわるそうに言うハルヒの目をよく見ると、うっすらと涙のあとがあることに気付いた。 こいつ、さっきまで泣いてやがったな。こりゃ昨日の電話とやらでも泣いていたと見た。 「いやいや、この歳で今生の別れをした人と再開出来るとは 思ってもいませんでした。」 古泉はいつものスマイルだ。いや、当社比三割増しだな。 長門は…あれ?いないのか? 「あそこよ、あそこ!」 へ?ハルヒが指差す方向には朝比奈さんしか………うお!まさか朝比奈さんの腕の中で小さくなってるのは! 長門はこちらに気付くと、まるで早送りしてるような足取りでいつもの定位置に座り、本を広げた。 表情はもちろん無表情だ。いや、心なしか顔が赤い…か? 古泉が耳打ちしてくれた。 何でも、ハルヒ達がしばらくの間、再開の喜びを分かち合っていると 突然読んでいた本を机に置き、無言で抱き付いたらしい。 その光景を想像すると実に微笑ましいが…顔が近いぞ? そんなやり取りをしているとハルヒが選手宣誓にも取れるような馬鹿でかい声で、俺達を促した。 「とにかく!皆!いくわよ!せ~の!」 「「「「「お帰り!」」」」」 「みくるちゃん!!!!」 「「朝比奈さん!」」 「みくる!!」 「あ……ひな…くる…〃〃」 突然のことだったが、皆示し合わせたように息ピッタリだ。長門はまあ、察してやろう。 そう、このときは、もう『奴』のことなど、これっぽっちも考えていなかった。 そうだ、やっぱり俺にはこいつらが必要なんだ。本当にいい仲間に巡り合えた。 それからは、皆思い思いの、いつもどおりのことを始めた。 朝比奈さんはお茶の準備に取り掛かり、俺とハルヒは勉強道具を取り出し、 長門は本を読みながら古泉のチェスに付き合っている。おい、古泉。舐められていることには気付いているんだよな? ちなみに鶴屋さんは、 「これからどうしても外せない用事があるんだよ~」 と嵐のように去って行った。 それはともかく、ハルヒに勉強を教えてくれるよう、促した時少し曇った顔をしてたな。 すぐに笑顔に戻り、いつもと変わらぬ鬼コーチっぷりを発揮してくれたから気のせいとも言えなくもないが、少し気になるな。 帰り道、俺は古泉を隣りに歩いている。前にはハルヒと長門と朝比奈さんが同じく歩く。 ちなみにハルヒとはプロポーズしたものの、キスはおろか 手をつないで帰ったりすらしていない。全ては受験を終えてからということらしい。まあ、俺もこれには同意だ。 「どうですか?勉強の方は?今日もはかどっていたようですが。」 古泉はいつもの笑顔で俺に話しかけてきた。そういえば俺の暴力事件 のあと、こいつと二人でちゃんと話すのは初めてだな。 「そうでもないな。分からないことだらけさ。ハルヒにも申し訳が立たん。」 そう言うと、古泉は少し考える素振りを見せて意を決したように言った。 「涼宮さんは、今の状況を維持させるべきか迷っているようです。 ああ、あくまでも婚約の話ではなく、受験勉強の話ですよ。 もともと、彼女は東大など興味はなかった。ただ、真面目なことをあなたと一緒に成し遂げたかっただけです。」 「超能力属性をなくしても、やはりお前はあいつの精神分析を買って出るんだな。」 皮肉を混ぜて言う。 「いえ、これは涼宮さんが話してくれた事です。だから、今この場でのことは黙っていてください。 とにかく、涼宮さんはそんな思い付きの行為の為に、あなたを苦しめていることに気付いてしまったのです。この間の件でね。 それに高校三年の冬という時期は、涼宮さんでなくとも最後の思い出づくりにイベントの一つでもと、誰もがそう思うでしょう。 そんな大切な時間を削ってまで、大学受験に精を出す必要があるのかと。」 ――俺の時間を返せ!!―― 「そうか、じゃああの時の俺の言葉は本当に最低だったんだな。」 「まあ、僕はその時の会話を詳しくは知りませんが、あえて言っておきましょう。 ええ、最低です。」 ふふ、ありがとう、古泉。 「つまり、もう一度俺の口から大学受験がしたいと ハルヒと一緒に目指したいと。はっきり言えということだな。」 「はい、話が早くて助かります。これは言わば、一生を共にするあなた達が協同で挑む、最初の関門です。 僕はあなた達の成功を心から祈っています。」 今、あたしの隣にはみくるちゃんと有希が歩いている。後ろではキョン達が話し込んでるわね。 これならあいつには聞こえないかな。謝らなくちゃ。この二人に。 「みくるちゃん、それに有希。今日はごめんね。せっかくみくるちゃんが帰ってきたのに お祝い事の一つもしないで黙々と勉強始めちゃって。」 二人は驚いたように口をポカンと開けている。有希もこんな顔が出来るようになったのね。 「な、なに言ってるんですか。そんなの全然気にしてないです!東大なんてすごいです!憧れちゃいます! そして、それを目指してる涼宮さんとキョンくんはもっとすごいです!」 ふふ、未来でも東大は健在なようね。 「ありがと、みくるちゃん。……でもね、もういいかなって思えてきちゃったの。」 ふえ?って顔でみくるちゃんはまた驚いてる。有希はもう元の顔でこっちを見てるわね。 「だってあいつったらいくら教えたって成長しないし! 東大に入って偉い教授になろうだなんて思ってないし!………ただあいつと何かをしたかったってだけだもん。 キョンがいつもウザがってた、単なる思い付きよ…」 「じゃあそれを最後まで続けてください!」 う、何か押しが強いわね、このみくるちゃん。 「まだ言ってなかったっけ、この前のこと。」 そう前置きしてあたしは話し始めた。キョンに殴られた事、その後の事。 治り掛けの口の中がまた痛んだような気がした。有希も俯いて暗い顔をしている。 「そんな、キョンくんが…」 「あ、キョンを責めたりするのはやめてね。もうこれはこれで話はついたから。 ただ、気付いちゃったのよ。ずっとあいつはストレス溜め込んでたんだなって。 そう考えたら、段々と今の状態に意味がないんじゃないかって思えてきたの。」 ここまで言って深呼吸をしていると思わぬ方向から声が聞こえてきた。 「あなたは、今まで決めたことは最後までやり遂げて来た。 それがあなた。そんなあなたにわたしは惹かれてきた。 考えて。そして答えて。彼との共同作業はあなたの中で、どれほどの優先事項なのか。」 有希が珍しく自分から話しかけてきた。 「そうです。涼宮さんの思い付きはそんな簡単なものじゃないです。どうあっても覆らないはずです!」 「………」 あたしは口を紡いでしまった。みくるちゃんも有希も本気で心配してくれている。 だけど、勘違いよ、それは。あたしはそんな強い人間じゃ…… 「ハルヒ!」 後ろから声をかけてきたキョンのお陰で、あたしは次の言い訳を言わなくて済んだ。 「ハルヒ!」 俺が声をかけるとハルヒは暗い顔をすぐに怒った顔に変えた。おいおい、無理するなよ。 「何よ!」 「今日、このあとも勉強付き合ってくれないか?」 そういうとハルヒは驚いた顔のあと、振り返り長門と朝比奈さんに顔を向け、一つ頷いたように見えた。 そして振り返りなおしたハルヒの作り物の笑顔がすこしだけ真実味をおびたように感じた。 「いいけど!あんたン家だからね!受講代として夕飯を頂戴するわ!」 「ああ、すまんな。ただ親と妹は夜から出かけるからメシは早めになるぞ?」 もうすでにハルヒは腕を組んで仁王立ちだ。 「構わないわよ!そんなの!ほら!早くしなさい!皆また明日ね~!」 ハルヒは手を振りながらもう片方の手で、俺を引きずり――比喩じゃないぞ、これ。本当に引きずられている。 あり得ない程の靴の磨り減り具合だ――皆と分かれた。ハルヒ。明日は土曜日だぞ?最近は探索だってしてないじゃないか。それに週明けは冬休みだ。 そのあとの食卓では母親とハルヒから俺の脳細胞腐敗理論を聞かされたり――いやマジで今の俺には笑えない冗談だ―― しながらも楽しい時間を過ごすことが出来た。昨日は食卓でも気が沈んでいたが、これもハルヒのお陰だ。 「じゃあね~、キョンくん、ハルにゃん!おべんきょーがんばってね~」 妹たちを見送りながら俺は思っていた。 俺がハルヒを呼んだのは古泉に促されたからだけではない。 一人になってまた『奴』からの誘惑に戦うのが怖かったからだ。 「それじゃ始めようかしらね。」 今は俺の部屋だ。部屋にはいるなりハルヒは勉強することを提案してくれた。 「ああ、そうだな。ハルヒ 、ちょっといいか?」 「何よ、変なことしようだなんて思ってないでしょうね!いい?!恋愛は受験の敵なのよ! そこらへんの判断が出来ないようじゃ…」 ハルヒの喜々とした声は、それの半分ほどの周波数しかないんじゃないかと、 思えるほど小さい俺の声に遮られた。 「ありがとう」 ハルヒは目を点々と瞬きしながら状況の把握に全勢力を置いてるようだ。 俺は続ける 「お前のお陰で俺はここまでやって来れた。自信はぶっちゃけないが、最後まで精一杯やりきろう。 お前と一緒に東大を目指したい、心からそう思っている。」 気がつくとハルヒは涙を流していた。 「な、何よ…今さら…そんなの…当たり前でしょ!…… 分かりきった事…言ってんじゃないわよ…」 やれやれ、分かりきっていた表情にはとても見えないんだがな。 数十秒、沈黙が支配したあとハルヒは口を開いた。 「ねえ、抱き締めて…」 「何だ、お前がそういうことは受験が終わるまでしないって言ったんじゃないか。」 「うるいわねぇ…いいでしょ?抱き締めるくらい…あんたが…変なこと言い出すから…」 目の前にいるのはただのいたいけな少女だった。守りたい、こいつを、こいつに阻む全てのものから守りたい。 例えこれが、『奴』によって作られた関係だとしても。その少女の背中に手をゆっくりと回そうとした、そのときだった。 けたたましく下の階から電話が鳴り出したのは。おいおい、ムードぶち壊しじゃないか。 俺は渋々階段を降り始めた。後ろを見るとハルヒも付いてきてるようだ。 顔はもちろん不機嫌顔。頼むから後ろから足で突き落そうとかしないでくれよ。 電話は俺が以前お世話になった病院からだった。イヤな予感がする。 「〇〇さんのご家族の方ですね?実は……」 俺は次の言葉を聞いて受話器を落としてしまった。あのな、 俺は今まで不服にもハルヒの部下として宇宙人、未来人、超能力者達と日々行動を共にしてきたわけだ。 そんな中にいたからこそ大抵なことでは驚かないし絶望も感じない。だけどそれはカマドウマ退治や 異世界に飛ばされるなどという、非現実的な出来ごとに対して耐性が出来たのであって、 今回のような、至って現実的な、それでいて無慈悲で理不尽な出来事に対しての耐性は一般人と、さして変らないだろう。 いやこんなことが起きて平気な奴など、長門を除いた対有機生命体コンタクト用インターフェイスくらいだな。そう信じたい。 要するに俺は今、猛烈に動揺している。 「ちょっとキョン!どうしたっていうのよ!」 ハルヒもただならぬ俺の様子を察知したのかすごい剣幕で尋ねて来る。 「妹達が……交通事故に……?」 ぶらぶらと電話機に支えられてぶら下がった受話器からは、病院の関係者の声が遠めに響いていた。 六章へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5077.html
ハルヒに巻き込まれて数ヶ月、日々起こる非日常の連続に俺の精神は多少の事では動じない強靭さを手に入れていた。 つもりだったんだがな……。 休日、いつものようにハルヒに呼び出されていた俺が駅前に辿り着くと、そこにはいつもの4人と……誰だ? あの黒人 ハルヒ「この可愛いのがみくるちゃん、こっちの静かな子が有希。彼は古泉君で……あそこに居る、まぬけな顔をしてるのがキョンよ」 黒人「ハジメマシテ、キョンサン。ニャホニャホタマクローデス」 やたらフレンドリーに俺の手を握りしめるのは、ニャホニャホタマクローさん……らしい。 えっと……どうも。 おい、この人誰が連れてきたんだ? っていうかこんなことをするのは ハルヒ「あたしよ!」 やっぱりか。 ハルヒ「あんたは遅いし、そこでふらふらしてたから捕まえてきたの」 文書の前後で意味が繋がってないんだがな。 で、この人がどうかしたんだ。道案内とかか? ハルヒ「ちょっと違うわ。彼は日本の文化を知りたいんだって」 日本の文化? タマクロー「ソウナンデス。ニホンコライノセイギノミカタ、ミトコウモンヲサガシニキマシタ」 ハルヒ「じゃ、行くわよ。みんなついてきて~」 3人「は~い」 ……お、おい?! なんでみんないつも通りなんだよ? 数時間後――俺達は映画村に来てしまっていたわけだが…… タマクロー「スバラシイ、コレガシタマチブンカデスカ」 ハルヒ「そうよ~。古き良き時代って奴よね」 みくる「ふぇ~……タイムスリップしたみたいです」 それ、随分前からですよね。 で、ハルヒ。俺達をここに無理やり連れてきた理由ってのはなんだ。 ハルヒ「そんなの決まってるでしょ? 今からあたしたちでタマクローに水戸黄門を見せてあげるのよ。あんたは意味もなく殺される町民Aね。 古泉君は同心で、みくるちゃんは越後屋の一人娘で有希はその妹って設定でいきましょう」 1人娘なのにその妹ってなんだ。 ハルヒ「じゃあ、有希は後妻の連れ子って事で」 古泉「心得ました」 みくる「が、がんばります……」 長門「把握」 ……まあ、朝比奈さんと長門の着物姿が見れそうだからいいか。 タマクロー「タノシミデス」 ハルヒ「何言ってるの? あんたもやるのよ」 タマクロー「ワタシモ?」 ハルヒ「あんたは……そうね。凄腕の素浪人、珠九郎ね!」 お題は水戸黄門じゃなかったのか? ――なんて俺の突込みが聞き入れられるはずもないわけで、それぞれに着替えを終えた俺達は……高校生にもなって何やってるんだ? 俺。 珠九郎「おや、お似合いですよ、キョンさん」 そりゃどうも……あ、あれ? 珠九郎さん今、普通に話してませんでした? ハルヒ「みんな着替えたわね!」 ん、お前も着替えてるって事は今回は監督じゃないのか。その格好で何の役をやるつもりなんだ? ハルヒ「決まってるじゃない、水戸黄門よ! さ、朝比奈みくるの冒険 EP江戸を撮るわよ!」 ……かくして、日本史上類を見ない『新解釈水戸黄門』のはじまりはじまり~……。帰っていいかなぁ~。 ところでハルヒ、お前水戸黄門ってどんな話しなのか知ってるんだろうな。 ハルヒ「もちろんよ! 印籠片手に敵を行動不能にする本格派老人アクションでしょ?」 前半はどう考えて間違ってるが、後半は意外にあってるな。 それはいいとして……全員が町人とかじゃ悪人役が居ないじゃないのか?。 ハルヒ「甘いわね、本当の悪は身近に潜んでいるものなのよ~」 なるほどな。納得だ。 珠九郎「……」 ハルヒ「あんたもやっとわかってきたじゃない! じゃあ最初のシーンは……みくるちゃんと有希が悪事を企んでて、それをあんたが見つけるの」 一応最後まで聞いてやろうか。 ハルヒ「とりあえずそこまでよ。ほら、有希とみくるちゃんはそこの店から適当な箱を持って出てきて。出番が無い人はカメラとレフバン!」 みくる「は~い」 お団子頭の朝比奈さんも可愛いなぁ……。 ハルヒ「で、二人が裏道を歩いてる時に路地から出てきたあんたがぶつかるの」 へいへい。 シーン1 町で評判の美人姉妹、有希とみくるが怪しげな箱を何やら大事そうに持って歩いている。 ――そんな二人が裏路地を歩いていると おっとぉ。 みくる「きゃっ!」 ガッシャン。 急に飛び出してきた町人A――つまり俺――とぶつかり、二人は箱を落としてしまう。 ……で、次は何だ? え~なになに古泉からのカンペによると…… おっとすまねぇお嬢さんがた、怪我はないかい?(何だよこの口調は) みくる「だ、だいじょうぶです! なんともないんです!」 有希「平気」 あ、大事そうな箱が壊れちまったじゃないか。すまねぇ、こいつは大変な事を……ん、これは。 みくる「ああ! そんな」 有希「見られた以上、生かしてはおけない」 まってくれ、俺は何も見なかった! だから命だけは! 有希「問答無用」 白昼堂々、ちっこい娘さん相手になんの抵抗もせずに、胸にかんざしを深々と刺された俺は早々に出番を終えた。南無。 シーン2 ――川原のそばで寝ている俺の隣で、古泉が何やら難しそうな何も考えていなさそうな顔をしている。 古泉「鋭い刃物で一突き、これはかなり腕の立つ人間の犯行でしょうね」 おい古泉、なんで俺の着物をそこまではだけさせるんだ。傷口の所だけでいいだろ。 ハルヒ「こら! 死体が喋るな!」 へいへい。 古泉「これだけの事ができる人間は、そう多くはありません。例えば……そう、最近よく聞く流れの浪人……とか」 なるほど、ここで珠九郎の出番なのか。 ――場所は変わって下町の長屋。 珠九郎「で、私に御用とは」 やっぱり普通に喋ってる。 古泉「先日、殺しがありまして。その下手人を探しているんです」 珠九郎「なるほど、それで私が疑われていると」 古泉「端的に言えばそうなります。かなりの達人でなければ、人を一瞬で殺す事何てできませんからね」 珠九郎「買いかぶりでは? 私にそんな腕があれば、こんな浪人家業なんてやっていないでしょう」 なんであんた浪人にそこまで詳しいんだよ。 古泉「――もっふ!」 突然刀を抜いた(そもそも同心は簡単に刀を抜かないはずだが)古泉の一撃を、あっさりと珠九郎は避けてみせる。 珠九郎「……何の真似ですか」 古泉「失礼ですが試させて頂きました。やはり……貴方は強すぎます。ですが、それだけではお縄にする訳にもいきません」 珠九郎「……」 古泉「暫くの間、貴方を監視させて頂きます。それでは……また」 ――立ち去っていく古泉を、珠九郎はじっと見つめている。 おお、シリアスな展開だな。 シーン3 越後屋の店先でのんびりと団子を食べている珠九郎。 みくる「お茶が入りました~」 珠九郎「アリガトウ、ミクルサン」 何で今更カタコトなんだよ。 みくる「それで、さっきのお話ですけど……」 珠九郎「ドウシンサンノコトデスカ? ダイジョウブ、ボクハムジツデスカラ。キットシンハンニンガミツカリマスヨ」 よりによって長文がカタコトってのはどうなんだ。 ――店を出る珠九郎、みくるはそれを見届けると店の中へと入っていく。 みくる「……ふぅ」 店の奥に戻ったみくるの表情は晴れない。 そこにやってくる有希。 有希「姉さん。今のお客」 みくる「……珠九郎さんの事?」 有希「彼にも死んでもらう」 みくる「えええ! そんな、どうして?」 有希「役人は彼を疑っている。このまま彼に失踪してもらえば、私達は安心」 みくる「そんな?! そんなの駄目です!」 有希「そうしなければ、この店を守れない」 みくる「だからって、何の関係もない珠九郎さんにそんな酷い事を」 有希「もう、後戻りはできない」 ……なんだか話の雲行きが怪しくなってきたな。 シーン4 ――下町の長屋、あばら家同然の珠九郎の家。周囲を見回してから、長門は家の中へと入っていく。 珠九郎「おや、貴方は……確か越後屋の」 有希「……」 無言のままかんざしを構えて飛び掛ってきた長門を、珠九郎はなんとかかわす。 珠九郎「何をするんですか!」 有希「貴方には死んでもらう」 珠九郎「何故です?」 有希「問答無用」 狭い部屋の中で長門から逃げ惑う珠九郎、しかし追い詰められてついに転んでしまう。 有希「覚悟召されよ」 その時、窓から飛んできた風車……――が、カメラを持っていた俺の足元に刺さった。 ばか! 危ねぇだろ? 本当に投げるな! ここは後でエフェクトで誤魔化すって言ってただろうが! ハルヒ「だってそこでちょうどいい風車が売ってたんだもん。ま、そんな事はどうでもいいのよ。 ……まちなさぁい!」 無駄で長い口上と共にその場に現れたのは、それっぽい杖を手にしたどうみても町娘にしか見えない着物姿のハルヒだった……。 なあ、やっぱり黄門様が町娘って違わないか? ハルヒ「水戸黄門って何人も居たんでしょ? 1人くらい女の子も居たわよ。きっと」 いるわけないだろ。 有希「貴女は」 ハルヒ「あたしは越後のちりめん問屋のご隠居よ! 越後屋の娘、有希。観念してお縄につきなさい!」 ちりめん問屋のご隠居にそんな権限があるのか? 古泉「ここからは僕からお話しましょう」 もったいぶってハルヒの後ろから現れたのは、説明したくて仕方ないといった顔をした元超能力者、現同心の古泉だった。 古泉「この事件にはあまりにも手がかりが少なかった。ですから僕は、犯人がこのまま隠れていられないように準備をしました」 有希「準備」 古泉「そうです。犯人はかなり腕の立つ存在、それがそもそも嘘なんです。そう触れ回れば、真犯人は疑いを掛けられた人に興味を持つ。その人を失踪でもさせれば 濡れ衣を着せられるかもしれない、とね。その結果、目ぼしい人物が見つかればいいと思っていましたが……まさかいきなり殺そうとするとは」 珠九郎「では、僕を試したのも」 古泉「すみません。貴方を囮にしてしまいました」 有希「でも、何故私の動きが。この周辺に役人は居なかった事は確認済み」 ハルヒ「そこであたしの出番な訳よ! 古泉君……じゃなくて同心さんに頼まれて、珠九郎さんの様子をあたしが見守ってたわけ!」 古泉「ご隠居様でしたらどこに居ても目立ちませんからね」 いや、目立つだろ。 有希「……迂闊」 ハルヒ「さあ! 年貢の納め時よ!」 有希「ここで捕まるわけにはいかない」 ――部屋の奥にある勝手口から外へ逃げていく長門 古泉「逃がしません!」 ハルヒ「まちなさ~い!」 シーン5 ――大通りに出た3人が睨みあっている。その様子をたまたまその辺に居た観光客は携帯やカメラ片手に見守っていた。 有希「こうなったら仕方ない。ここで貴方達を始末して、自分の安全を確保させてもらう」 古泉「手荒な真似はしたくありませんが……止むを得ません」 十手を構える古泉と、かんざしを持つ長門がじりじりと距離を詰める。 ハルヒ、お前は何もしなくていいのかよ? ハルヒ「あんたね~。正義の味方が1:1の勝負に手出しするわけないじゃない」 水戸黄門は普通に袋にすると思うが。 睨み合う2人――長門は無表情だが――先に仕掛けたのは古泉の方だった。 せめて怪我をさせないようにとの配慮なのか、十手を片手に組み付こうとする古泉の腕をすり抜け 古泉「しまった!」 すれ違いざまに、長門は古泉の腰にあった刀を奪い取っていた。 有希「公務中の事故により殉職」 不吉な事を口走りつつ、刀を手にした長門が一歩踏み出したかと思うと――次の瞬間、古泉の体は通りの先まで吹き飛ばされていた。 観客「おおおおーーー!!!」 い、今何をしたんだ? ……っていうか古泉、生きてるか? 普通に切られた様に見えたぞ? 古泉「ご安心を。ちゃんと寸止めしてもらえましたから」 何で寸止めで吹っ飛ぶんだよ。 古泉「僕の脇腹に刀が触れた瞬間、長門さんは一回刀を止めてくれたようです。ですが、その後に振り飛ばされた様ですね」 まあ、今更長門が何をやっても驚かないが……。っていうか、このシーンは長門が捕まって終わりだったんじゃ? ハルヒ「いいアドリブね。でも、最後に勝つのは正義の味方なのよ!」 杖を両手で構えてご機嫌なハルヒと、 有希「その意見には同意。勝った方が正義となる」 それを迎え撃つ刀を構えた長門。 ……おいハルヒ、ところでどうやって杖で刀と戦うつもり ハルヒ「先手必勝ー!」 聞けよー! 飛び掛ったハルヒの杖はあっさりと避けられ、次の瞬間 ハルヒ「あああ!!」 長門の刀を受けた杖は、あっさりと分断されてしまった。 ハルヒ「なんで? これって中に刀が入ってるんじゃないの?」 それは違う時代劇だ。 ハルヒ「こうなったら奥の手よ! 必殺の印籠を……あ、あれ? 印籠は?」 印籠は普段角さんが持ってるはずだぞ。 ハルヒ「角さんはどこ?」 っていうかお前、助さんも角さんも八兵衛もお銀も弥七も飛び猿もキャスティングしなかっただろうが! ハルヒ「……飛び猿って誰よ」 そろそろ新キャラに馴染めよ! 有希「覚悟」 みくる「待って!」 絶体絶命のピンチにやってきたのは、有希の姉であるみくるだった。 みくる「もういいの! お店なんてどうなっても。だからお願い、これ以上罪を重ねないで!」 有希「……それでは困る」 みくる「え?」 有希「私の目的は越後屋を手に入れること。その為に、私はここに居る」 長門、随分ノリノリだな。 みくる「な、何を……言ってるの?」 有希「ご禁制の品に手を出したのはお店の為ではない。貴女に罪を被せて、店を手に入れる為」 みくる「そんな? そんな事をしなくても私達は姉妹なんだから」 おお、朝比奈さんも役に入りきってらっしゃる。 有希「違う、私は後妻の娘。お父様の跡を継ぐのは貴女。どれだけ店の為に尽くしても、それは変わらない」 有希は刀をハルヒからみくるへと向ける。 有希「貴女に罪を被せるよりも、こうすれば早かった」 みくる「そんな……」 有希「さよなら、姉さん」 振り上げられる刀。 ハルヒ「だ、だめ! 誰か!」 雰囲気に呑まれて悲鳴をあげるハルヒ。 古泉「く……どうすれば?」 役に立たない古泉。 振り下ろされた刀は――ガキッ!! 有希「!」 珠九郎「サセマセン」 颯爽と現れた素浪人、珠九郎の刀によって防がれたのだった。 みくる「珠九郎さん!」 有希「邪魔立てするつもり」 珠九郎「ユキサン、アナタハマチガッテイル」 有希「間違ってなどいない、越後屋は私にこそ相応しい」 珠九郎「チガイマス。エチゴヤノホントウノカチハ、ミクルサンノエガオトマゴコロアフレルセッキャクデス」 聞き取りにくい事この上ないな。 珠九郎「ソノコトニキヅケナイアナタニハ、エチゴヤヲツグシカクハナイ!」 有希「なんと」 狼狽する長門の手首に、珠九郎の一撃が飛ぶ。 有希「くっ」 刀を落とした有希は、その場に崩れ落ちるのだった。 エピローグ ハルヒ「本当にいいの?」 みくる「はい。妹が戻るまで、ここで頑張ろうと思います」 古泉「ですが、彼女は貴女の事を……」 みくる「それでも、あの子は私の妹なんです。それに、珠九郎さんも居ますから」 珠九郎「ユキサンガモドルマデ、ミクルサンハボクガマモリマス」 ハルヒ「そっか……。じゃあまたね! 近くを立寄ったらお団子食べにくるから!」 みくる「はい! 待ってます!」 看板娘の健気な笑顔とそれをそっと見守る珠九郎を見て、越後屋の未来は明るいと感じたご老公の足取りは軽かった。 めでたしめでたし ハルヒ「か~っかっかっか~~!」 ハルヒ、お前それが言いたかっただけだろ。 後日談―― ハルヒ「それにしても有希、ずいぶんノリノリだったじゃない」 長門「時代劇は毎日ラジオで聞いている」 みくる「迫真の演技でした~」 確かにいい絵が撮れたな。 ついでに、これで今年は映画の撮影で悩まされずに済みそうだ。 みくる「それにしてもあのタマクローさん、嬉しそうに帰って行きましたね」 ハルヒ「国に帰ったらみんなに話して聞かせるって言ってたから、SOS団の名前もいよいよ全世界に知れ渡ったって事よね!」 それは勘弁して欲しいんだけどな。 古泉「それにしても変わったお名前でしたよね、ニャホニャホタマクローさん」 みくる「あの、パソコンで見つけたんですけど、タマクローさんって有名な人みたいで歌まであるみたいですよ」 ハルヒ「そうなの? どんな曲?」 みくる「え、えっと。……ガーナのサッカー協会会長♪ ニャホニャホタマクロ~♪」 長門「ニャホニャホタマクロ~♪」 ハルヒ「ニャホニャホタマクロ~♪」 古泉「ニャホニャホタマクロ~♪」 ……ふぅ……やれやれ………………医者で政治家、結構偉い。ニャホニャホタマクロ~♪ おしまい お題「ニャホニャホタマクロー」「水戸黄門」
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1805.html
“っぅ…やばいわね” あたしはさっき飲んだジュースに猛烈に当たり散らしたい気分だった。 今日は日曜日。あたしはバカキョンのために家庭教師をしてやっていた。…別にキョンの事が心配だからとか、一緒にいたいからって訳じゃないんだからね。ただ…そう、補習とかになって団の活動をサボられると困るのよ! …で、今あたしの目の前にはキョンが座っている。真剣な目で問題を解いてるキョン。間違ってるんだけどね。 でも、今のあたしにはそれをバシバシ叩きながら指摘する余裕がない。あたしは足元にある空のペットボトルを見つめた。 まずいは…かなりまずいは。調子に乗ってあんなに飲むんじゃなかった。…これはキョンが悪いのよ! 『ハルヒ、まあ、飲め。暑苦しくてたまらん』なんて言うから。あたしもついつい…だいたいキョンの覚えが悪いから怒鳴って…だから喉が渇くのよ! “…ぁぅ…” やばい、本気でやばい。よりによってなんでこんな日に断水?!水道局の怠慢だは!ダムに水がないなんて嘘よ。あたしのダムはもう満水なのよ…。 『ぁぁ…』 思わず声が漏れる。キョンが怪訝そうな顔で見てる。あたしは横座りしていた足を組み変えて正座にする。 “こうすれば踵が当たって直で押さえられるは!”まだいける…と思うけど。断水解除は4時だから…後30分ね。もっと早く動いてよ時計… まだ、マヌケ面でこっちを見ているキョン。 『ハルヒ、顔が赤いぞ、汗も凄いし。大丈夫か?暑いのか?』 なんて聞いてくるし。大丈夫そうに見えるの?滴る汗を拭うあたし。 て、あんた何クーラーの温度下げてんのよ!嫌がらせ?もう!バカキョン! …“ヴーーン、ヴーーン ” その時、床に置いてあったキョンの携帯のバイブが床を伝わり僅かな振動をあたしの身体に与えた。 『…ひゃっ…』 “…プシュッ” あっ、あれ?今のはまさか? “ひょっとして…今のはひょっとして…”何か生暖かい感触が下着の中に広がる…。 今、あたしちびった?愕然となる。すぐに確認したいけど今はキョンがいるから無理。今だけどっか行ってよ…キョン。 あたしは祈った。そしたらキョンの奴電話をもって立ち上がり『悪い。親からだ。下で電話してくるは。すぐ戻る』ですって。 部屋を出て行こうとするキョン。チャンスよ!ハルヒ。って…キョン歩かないで…今のあたしに振動は…振動は…。 “プシュッ…ジュッ” …ぁっぁ…えっ?う、嘘… その時のあたしにはもう一刻の猶予もなかった。 キョンが部屋を出るのを見ると速攻でスカートの中に手を入れ下着の上から直接股間を押さえる。 “グジュッ…” あたしの下着は濡れていた。信じられない現実…そして今も染み出すように出てる液体。 “止まれ!止まれ…止まって…お願いだから… 団長たるあたしがこんなところでお漏らしなんて…” 心の中で祈りながら押さえ続ける。 祈りが通じたのか、ちょっと出ちゃったからなのかはわからないけどなんとか止まった…。 …恐る恐る手を離して下着を見る。 “見たくはないけど現状は確認しなきゃ” 純白の下着は薄く黄色く色付き、濡れてしっかりと透けていた。そして白のミニスカートにも…。 “あ、あたしキョンの家で…” 目の前が真っ暗になった。軽いパニックになる。 その時あたしの中でもう一人の冷静なあたしが囁いた。 “大丈夫よ!ハルヒ!まだキョンには気付かれてないわ!今ティッシュを使って吸い取ればごまかせる!” あたしは冷静な自分を取り戻した。幸い今は尿意が引いている。 あたしは部屋の隅に置いてあるティッシュに向かった。 …刺激を与えないように部屋の隅に向かう。 あと…3歩…2歩…1歩…。 ティッシュの回収成功。作戦の第一段階は成功ね。あとは元来た道を戻るだけ…。 中腰、擦り足で元の場所に戻るとあたしは下着とスカートからおしっこを拭った。 …その時、今迄の比じゃないの尿意があたしを襲った。耐え切れない欲求…。 『ぅぅぅ…』 “負けない…あたしは負けない…” 時計を見る。後5分。この波さえ乗り切れば後は天国よ!ハルヒ! ティッシュをもった右手を力いっぱい股間に押し当てる。 … … … 『ガチャ…』 ドアが開く。 『あースマン、ハルヒ。ちょっとこいず…いや、親がなうるさくてな』 あたしはとっさにドアに背中を向ける事しかできなかった。 全身の震えが限界に近づいてる現状を教えてくれる。 キョンはそんなあたしに近づいてきた。 落ちていたティッシュを拾うのを気配で感じる…。 ダメよ!キョン!そのティッシュはあたしの…あたしの…心の中で絶叫する。 キョンは震えるあたしと濡れたティッシュから想像したのだろう…明らかに検討違いな事を言ってきた。 『大丈夫か?ハルヒ…おまえ泣いてるのか?辛い事があるなら話してみろ…』 そう言うとキョンは“ポン”と、あたしの肩に手を置いた。 『…ぃ…嫌…ダメ…』 今のあたしの我慢はその衝撃に耐えられなかった。 『…あっ…あっ…ぁぁ…』 “ショワーーーッ!” という布越しに液体が吹き出す音が聞こえる。それは“びちゃびちゃ”と床を打つ。あっという間に広がる水溜まり。白い下着が黄色味をおびなら透けていく。 『ダ、ダメ…見ないでキョン…!』 それだけ言うのが精一杯だった。出せた事への気持ちよさよさより、下着に広がる生暖かい液体の感触とキョンに見られてることへの羞恥心の方が大きかった 一度出始めたものを止める事はできなかった。 下着だけでなく、スカート、靴下にまで不快なものを感じる。 あたしにはその時間が永遠にも感じられた。 “ちょろ…ちょろろ…” やっと勢いがなくなり、そしてあたしのおもらしは終わった。 あたしは自分に起こった事が信じられなかった。高校生にもなって…ましてや他人の、キョンの前で…消えたくなるような恥ずかしさ…。 『…ハ、ハルヒ?』 キョンの声が背後から聞こえる。突然の事で動揺してるのか声が震えてる。あたしは恥ずかしさで答える事も顔を上げる事もできなかった。 …どうしよう…おもらししちゃった…。 謝らなきゃ…とにかく早くキョンに謝らなきゃ…。 焦りと謝罪したいそんな心とは裏腹にあたしの口をついたのは理不尽な責めの言葉だった。 『…あんたのせいなんだからね…あんたが押さなきゃ全然問題なかったんだから…』 嘘…キョンは悪くない。ジュースがぶ飲みして、もらしちゃったのはあたし。 それでもあたしの理不尽な言葉は止まらなかった。 『…せ、責任とりなさいよ…責任とらなきゃ死刑なんだからね…』 …情けない姿を晒した自分と素直に謝れない自分が許せなかった。 だからキョンに八つ当たりしてるだけ…。解ってる。責任のとりようもないことも、ましてやキョンに責任がないことも…自分が子供みたいなことを言ってることも…。 … … … …キョンはそんなあたしの理不尽な怒りに対して何も言わなかった。 足が濡れるのも構わずあたし前に立つと、一言“ゴメンな”と言ってあたしを優しく抱え上げ、お風呂場に連れて行った。 …お風呂場についた私の服と下着をキョンは優しく脱がせてくれた。 あたしのおしっこのついた物なんて触りたくもない筈なのに…嫌な顔一つしないで…。 それに今はあたしの出したものを片付けるために部屋に戻ってるし。 『シャワーでも浴びてすっきりしろ …俺は着替えを用意するあと、お前の…始末をしとく』の一言を残してあたしを一人にしてくれた。 “…優し過ぎるよ…キョン…” キョンの前では団長として弱みは見せられないと思って我慢してた涙が頬を伝う。 お風呂場の中はあたしの出したおしっこの臭いがうっすらしていた。 シャワーを浴びながらあたしは考える。 “あたしキョンに凄いとこ見られちゃったな…キョンになんて謝ろう? どうしよう…顔合わせられないよ…” “トントン” ドアを叩く音。意識を戻す。 『…ハルヒ、着替えここに置いとくぞ。…あ~それとだな。気にすんな。誰にでも…『わかったわよ!そこに置いてって!!』』 あたしは精一杯虚勢を張り声を出す。そして言ってから後悔の念に押し潰されそうになる。 …またやっちゃったは。今なら顔合わせないで謝ることもできたのに…。 あたしの中で“不安”が広がった。 …“不安?”なんで不安なんだろう? おもらししたことを他人にバラされたらどうしよう…って不安? …違う。キョンはそんなことするやつじゃない。 そんな事は解ってる。 じゃあ、何の不安? …そう、キョンに嫌われるんじゃないか?って不安。汚い女だって見捨てられる不安… なんで嫌われるのが怖いの? …それはあたしがキョンを好きだから。 初めて自分の気持ちに気付いた…。 シャワーを出る。 …身体はすっきりしたけど心は晴れない。 あたしはキョンの用意してくれた服を着る。 今あたしはキョンの部屋の前にいる。 早く入らなきゃ…謝って、そしてキョンに確認しなきゃ… でもあたしの足は動かなかった。 きっと嫌われちゃった。見捨てられちゃう…って不安が大きくなる。寒くないのに膝が震える。 『ハルヒか?もう片付けたから入って来いよ』 気配を察したのかキョンがあたしを呼んだ。 『ガチャッ…』 扉を開けて中に入ると部屋の中は綺麗になっていた。 キョンの顔をまともに見られない。でも謝らなきゃ… 『…ゴメンなさい……キョン…こんなあたしの事なんて嫌いに…なっちゃった……よね』 最後のほうはかすれてよく聞き取れなかったかもしれない。 あたしは泣いていた。 いつの間にか『ゴメン…』と『嫌いにならないで…』を連発していた。 そんなあたしに近づいてきたキョンはあたしを優しく抱きしめてくれた。 『俺のほうこそゴメンな。おまえが我慢してるのに気付いてやれなくて…俺が気付いてやれればなんとかできたかもしれんのに… だからゴメン。…それに嫌いになる訳ないだろ。誰にだって起こりえることだ。だからもう気にすんな。もう済んだことだ…。もちろん誰にも言わない。俺も忘れるからおまえも忘れちまえ!』 『だから泣くな!…いつもの傍若無人なハルヒに戻ってくれ。俺はいつものハルヒが…その…なんだ…好きなんだ!』 えっ?今キョン“好き”って…あたしのこてを。嫌われてないだけじゃなく好きって…。 あたしの涙は止まらなかった。でもそれは今迄の不安から来るものじゃない。嬉しさから来るものだ…。 そんな泣き止まないあたしを見てキョンはいつもの“やれやれ”って表情じゃなく、今迄見せたことのないすっごく優しい眼差しであたしの口を塞いできた…自分の口で…。 そして…。 翌日文芸部室にて… …今日も暑いわ。なんでこんなに暑いんだろ?授業中“夏だからだろ?”なんて月並みな事を言ったキョンには既に罰ゲームを言い渡してある。 今、眉間にシワを寄せながらパンツ一丁にエプロンで席に座ってるわ。涼しそうねキョン。パンツを残したのは団長としての優しさよ!感謝しなさい! そんなキョンを見てニヤニヤしてる古泉君を見てると“ホモ説”もあながち間違いじゃない気がするのは気のせい? 『みくるちゃん!お茶!頭痛くなるくらい冷たいやつよ!』 今日何度目かになる注文をみくるちゃんに出す。 その声に反応してあたしを見るキョン。 お馴染みの“やれやれ”って顔で『飲み過ぎだろ!そろそろ止めとけ…』って言ってきた。 …っと…まあ、そうね。みくるちゃんも大変そうだし、また昨日みたいなことになったら嫌だからね。ここらへんで止めとこうかしら。 …でも、今みたいな“やれやれ”な顔じゃなく、あたしを慰めてくれた時のキョンの…今はあたしの“恋人”のあの優しい顔が見れるならまた……… そんな考えを振り払うかのようにちょっと乱暴にコップを置き、いつもの調子で叫んぶ。 『ねえ!キョン!!』 終わり
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2914.html
四章 時刻は夜11時。俺は自宅にてハルヒの作ってくれたステキ問題集を相手に格闘中だ。 「やばい、だめだ。全然わからん。」 朝はハルヒに啖呵を切ったものの、今では全くもって自信がない。 今の時期にE判定を取るようじゃ、どう考えても結果は目に見えている。 そもそも俺よりも頭のいいあいつが、それに気付かない訳がないのだ。 ただ遊ばれているだけなのか? …………ハッ!いかんいかん!俺の中の被害妄想を必死でかき消す。 頭を一人でブンブン振っていると、俺の右手に違和感があることに気付いた。 俺の右手はいつのまにか机の引き出しの中に伸びている。 手は引き出しの中の『奴』を掴んでいた。 そのことを俺の頭が理解した途端、俺はバネにはじかれたように机から遠ざかった。 「はぁ、はぁ…」 これ以上ないくらいの恐怖を感じながらも、俺の手はまだ『注射器』を握り締めている。 「何で…何でこんなことになっちまったんだ…」 俺は力なくそれを床に叩き付けた。 あれは、きのう… 「ど、どうしたの?キョンくん?」 下駄箱で春日が俺をその大きな瞳で見ていた。 その時の俺が普通じゃなかったのは言うまでもない。 「クソ!俺はハルヒを!!バカだ!最低だ!なあ、春日! 明日から俺はハルヒにどう接すりゃいい?!」 突然激昂した俺に、春日は動揺したように言った。 「ちょっ、待って!話は聞くから取り敢えず落ち着いて!場所は…公園でいい?」 ここは公園。俺と春日はベンチで並ぶように座っている。 事情を知らない人が見たらカップルに間違われるかもしれない。 ここで俺が春日の肩に手など回せば完璧だな。だが生憎、俺にそんな余裕はない。 「どうしたの?涼宮さんと何があったの?」 春日とは朝の挨拶以外はほとんど話したこともなかったが、話は本気で聞いてくれるようだ。 俺は今までのことを呼吸をするのも忘れてぶちまけた。 ほとんど話したこともない女子に、こんな長々と話すのは俺のキャラじゃないんだがな。 今はとにかく誰かに話を聞いて欲しかった。春日は俺の話を真剣な目で黙って聞き、 俺がたまに同意を求めると目を優しくさせ、「そうだね」と相槌を打ってくれた。 「どう思う?!」 その最後の言葉を俺が吐き終えると俺の興奮は冷めていった。 が、代わりにいいようのない虚無感が襲って来る。 何もやる気が起きない。ふう、と俺が久々に肺に酸素を運んでいると、 春日は俺の質問には答えず、ベンチからすっと立ち上がった。 「ねえ!今からうちに来てみない!?ほら!いーから、いーから♪」 ハルヒにも負けないような笑顔を見せながら俺の手を引っ張る。 「お、おい、どういうことだよ?」 言葉ではこう言ってるが、俺は大した抵抗もせず、フラフラと春日のあとを付いていく。 正直、どういうことかなんてどうでもいい。全てが色褪せて見えていた。 春日の家につくと、すぐにリビングに通された。両親はいないようだ。 「それじゃ、早速あたしの意見をいうね?明日にでも涼宮さんに謝って? あたしは今までのキョンくんの頑張りを教室でいつも見て来た。 だからキョンくんがその反動で、涼宮さんについ当たっちゃった気持ちもわかるよ。 でも男の子から殴られるってことはあたし達女子にとっては、 とても耐えられないことなの。 好きな男の子からなら尚更…きっと今涼宮さんは泣いてるよ? お願い!涼宮さんを元気づけられるのは、あなただけなの!」 いつもなら『好きな』の所で何らかの反応をして見せるんだろうが…当然、どうでもいい。 わかってる、わかってるんだ。俺がこれから何をしなければならないのかくらい。 「だけど…俺は自分が怖いんだ。 あいつに会ったら…またあいつを殴っちまうんじゃないかって…」 今の俺は誰がどうみても、とてつもなくヘタレなんだろうな。 さすがにこれは春日も愛想を付かしてしまうか。と思っていると、 「ちょっと待ってて!」 と言ってリビングから出ていってしまった。 「おまたせ!」 戻ってきた春日の手には小さな怪しく光る注射器が握られていた。 夕日の逆光のせいでシルエットになっている春日と注射器はシュールで、とても気味が悪い。 「おい、それ何だよ。」 「ん?かくせーざい♪」 力なく問い掛ける俺の質問に、特に悪びれる様子もなくそう答える。 その態度と質問に対する答えは、俺を動揺させるには十分だった。今日一番の揺れの観測だ。これはさすがに力なく「そうか」で済ますことは出来ない。 「な…な……何を言ってるんだよ!馬鹿らしい! それをどうするつもりだ?! 俺にヤク中になれっていってるのかよ!」 「何言ってるの?たった一回だけだよ! 今のキョンくんは自暴自棄になっちゃって、自分に全く自信がない状態なの! そんな、どうしたらいいか分からない時のための、一生で一度だけの切り札! これさえあればどんどん自信がついてくるんだよ? まるで自分がスーパーマンにでもなっちゃったみたいに!」 いやいや、まてまて、おい。WHY!?いやマジでWHY!? 「覚せい剤だぞ?!そんなもん一度やったら、 二度と抜け出せなくなっちまうことくらい俺でも知ってる! 悪いな。邪魔した。俺はもう帰る。」 ここにいちゃいけない!そう警告している本能に言われるまま、俺は部屋を出ようとした。 「また涼宮さんを傷つけるの?」 その言葉に俺の足はいとも簡単に止められた。 「自分が何するかわからない、怖いって言ったのはキョンんだよ? このまま会っても今の溝がもっと深まるだけ… 涼宮さんのことを想うなら、これを使うべきじゃない?」 何度もいうがこの日の俺は本当にどうかしていた。 たったそれだけの言葉で気持ちが傾いて来やがるんだからな。 「だ、だけど!それを打っちまったら、俺は…」 「依存症なんて意志の弱い人だけ。あたしは知ってるよ?キョンくんがそんなに弱くないってこと。」 確かに、俺は薬物依存など意志が金箔よりも薄い奴がなるものだと思っている。 「それと、キョンくんが、誰よりも涼宮さんを愛してるっていうこと。」 春日は終止、優しい目で言う。でも…だけど… いや、もしこれを使えばまたハルヒと…楽しい日常を…こんな押しつぶされそうな気持ちも… 「いいの?涼宮さんを泣かせたままで… また仲良くしたいでしょ?何にもなかったように…」 「何もなかったように…俺は…俺はあいつと…また笑いあいたい…」 「うん、そうだよね。これさえあればその全てが叶うんだよ?」 ああ、藁をもすがりたいとは今の俺のためにあるんだな、なんて思っていると、 俺の口は勝手に動きだした。 「本当に…本当に一回だけなら大丈夫なんだな。」 「それはキョンくん次第だよ。でも…あたしはそう信じてる。」 その言葉を聞き、俺は春日から注射器を取り上げた。 おい、いいのか俺。本当にいいのか?顔からは脂汗が吹き出ている。 脳細胞を除いた体中の細胞がその全総力を結集して、奴の進入を拒んでいる。当たり前だ。 腕に針を刺すだけでも抵抗があるんだ。そのうえ、その針の中には悪名高い奴がたっぷり詰まっているんだからな。 だがその警告すら脳が一喝すると、あっさり解けていった。 腕に針先を添え、深呼吸をし、俺は………刺した。 想像以上の痛みを覚えたため慌ててピストン部分を押す。 次の瞬間、何とも言えない感覚が俺を襲った。…いや包みこんだ。 まるでこの世の全てが俺を受け入れた感覚。酸素は溶け、 俺に混ざっていき、俺も溶けて酸素に混ざっていく。 今、この瞬間のために俺の人生があったのではないかと錯覚してしまうほどだ。 今なら日本の裏側にあるブラジルのニーニョさんが何回ドリブルしたかも分かってしまいそうだ。 いや、その気になれば世界の改変でさえも… 「……ん!キョ…ん!キョンくん!」 ハッ!、意識が飛んでいたようだ。 「どう?キョンくん?」 「ああ、とても清々しい気分だ!」 一瞬春日が顔をしかめた気がした。 「これならきっとハルヒにもちゃんと謝れそうだ!」 ほんと、依存症とか、何を心配してたんだ?俺は! 俺がそんなもんになるはずない!なんてったって俺は あれだけハルヒに引っ張り回されたり、耳を疑うようなトンデモ体験をして来たんだ! 今さらそんなんでヒイヒイ言うようじゃ、SOS団万年ヒラ団員の名が廃るぜ! 「そう良かった。あっ、もうこんな時間だね。送って行こうか?」 春日がすっかり調子を取り戻した笑顔で言った。 いつのまにか七時すぎになっていたようだ。 「いや、自転車だし、大丈夫だ。」 「そう、はい!カバン!!」 飛び切りの笑顔で見送りした春日に俺も飛び切りの笑顔で、手を振った。 それから家に帰ってからだ。カバンの中に注射器と粉の入った袋を見つけたのは。 いつ入ったんだ。あいつが…入れやがったのか… 「はあ…はあ…」 床の上の注射器が怪しく光っている。 なんで今日あいつに話に行ったとき返さなかった。クソ!あいつ…俺をどうする気なんだ! いっそ警察に…いや!俺も捕まっちまう!そうしたらハルヒが……… もうハルヒを傷付けたくない!古泉とも約束したんだ! いや、でもこのままじゃいずれ…よそう、こんな考えは… それにしても…何だ、この感じは? 昨日は奴を拒んでいた体中の細胞が、今は奴を渇望している。 もう…逃げられない… 脳細胞があきらめかけたその時、ケータイが鳴りだした。 着信………長門 長門の 名前を見て、俺は心底安心した。今の長門には何の力も無いのにな。 やれやれ…すっかり長門に対して頼り癖がついてしまったらしい。 「もしもし、長門か。」 「そう。」 ………沈黙。いやいや「そう。」じゃなくて!そっちから電話をかけて来たんだから、 会話のキャッチボールは長門から投げるべきだろう。 だけど、それが余りにも長門らしくて、俺はまた安心した。 「あなたに謝らなければならないことがある。」 その言葉を聞いて、俺は考えを改めた。なるほど、さっきの沈黙は、 どう切り出すかを考えていたのか。 「いや、謝らなければならないことなら思い当たるんだけどな。」 「昨日、私はあなたの涼宮ハルヒへの第一撃目を、阻止することが出来なかった。 感情が………邪魔をした。」 そうだ、いくら長門でも今は普通の女子高生なんだ。俺がいきなりキレて暴れだせば そりゃ呆然とするだろう。 「いや、お前は全然悪くない。逆に俺が謝るべきだ。あのままじゃ、 俺はハルヒをリンチしていただろうからな」 「でも、私があの時もっと早く対処していればこんなことにはならなかった。」 一瞬にして顔が冷や汗でいっぱいになった。こんなことだと?もしかして全部気付いているのか? 「お、おい、俺はもうハルヒとはちゃんとケジメつけたんだ。 今日も部室で見てたろ?何だよ。こんなことって。」 「私にはわからない。だからこそ教えてほしい。何があったの? とても胸騒ぎがする。あの注射跡は何?」 全てを気付いてるわけではなさそうだ。だけど勘づいている。こいつから胸騒ぎなんて言葉が 出てくるとはな。 「だから、あれは献血で…長門、お前は知らないだろうが、俺はハルヒと古泉に約束したんだ。 もう二度とハルヒを苦しめたりしないってな。」 どの口がいってやがる。 「………」 無言だ、 「そ、そうだ!長門!手、大丈夫か?かなり力入れてたからな、 ケガ無かったか?」 「肉体の損傷は問題ない。ただ…」 「ただ、何だ?」 今なら長門が電話の向こうで思案している顔が、はっきりと分かる。 「あんな思いは…もうたくさん…」 俺ははっとした。そうだ、傷ついたのはハルヒだけじゃないんだ。こいつは、長門は 俺の暴力を目の当たりにしてしまったんだ。その心の傷は、計り知れない。 「ああ、本当にごめんな、もう二度と傷つけない。」 「そう、あなたを……信じたい。信じていいの?」 すがるように聞いて来る長門。ここは瀬戸際だ、全てを話すか、このことは俺の中に秘め、無かったことにするか。 そうだ、もう二度とやらなけりゃいい!『奴』の誘惑なんかに負けなければ今までどおりの平穏は、 守られるんだ 「ああ!」 「そう…なら…信じる。」 そういうと長門は電話を切った。 ふう、この注射器はもういらないな。ありがとう、長門。お前のおかげでこいつの誘惑に、負けずにすんだよ。 何を考えているかしらんが、お前の思い通りになんかなってたまるか!春日! 俺は!俺の欲望に打ち勝つぞ!! 「もしもし?古泉です。お久し振りですね。 実はですね………おお…察しがよろしいようで。そう、機関の創立6周年パーティについてです。 はい、もうそんな時期になるんですよね。 全く、今はもう存在しない機関だというのに。はい、もちろん主催者は今年も、森さんです。 彼女らしいといえばらしいですね。ええ、そこであなたも招待しようということになりまして………… いえいえ、あなたは今でも、そしてこれからも我々の仲間、いわば同士です。 そろそろ河村のことも、気持ちの整理がついたのではないですか? …はい、そうですか!それは皆さん喜ぶと思います! それでは、今週の土曜に。いつもの場所と時間で。 待っていますよ?春日さん?」 五章へ